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夜刀神が刀は煙る雨を斬るか【第四話】




「……人間において偉大なもの、それは、彼がひとつの〈橋〉であって、目的ではないということである。人間において愛されうるところのもの、それは彼が〈過渡〉であり、〈没落〉であるということである――ニーチェ『ツァラトゥストラ・序言』より――……か。よく言ったもんだな、猫魔も。その通りだよ。僕は〈橋〉の役割だし、目的なんていう到達点でもありやしない。僕は〈過渡〉だから。そして、それは退廃的な〈没落〉であるということでもある。僕は獣と超人の橋であることにしよう。それが出来うるのであれば、だけども」


 ビニール傘を差しながらコンビニまでの道を歩く。左手首につけたアナログ腕時計を見ると、日付が変わる頃合いだった。

 腕時計はアナログのチープカシオ。

 腕時計はバンドがすぐに壊れるから、安い方が良い。

 使い捨てに近い使い方を、僕はする。

 高い時計をつけて見栄を張りたいわけでもないし。

 そして、時計はデジタルよりアナログが一番だ。

 時計は針があってこそだ、と僕は思っている。

 だからこその、チープカシオだ。

 僕が手にする条件が揃っている。


 それにしても、空気が湿気でぬめっている。

 弱まったとは言え、雨の一滴一滴は大粒だ。

 奇妙な天気。奇妙な空。奇妙な夜だ。

 今もどこかで事件が起きていて、それが雨が上がるように解決する。

 僕のあずかり知らぬところで?

 そうだろう。僕ごときが観測できることなんて、限られている。

 限られたところで、限られたことをするしかない。

 そんな消極的な気概で百瀬探偵結社にいても良いものなのかは、はなはだ不安だが。


 五分ほど歩いたところで、コンビニが見えてくる。

 硝子越し、フードコートの椅子に座り、酢イカを囓りながら漫画を読んでいる、見知った人物の姿がある。

 金髪ポニーテイルに白い眼帯、ゴシックロリータ。

 間違いない、あのバカ娘はうちの探偵結社の女子高生探偵・小鳥遊ふぐりだ。

「あいつ、酢イカ食いながらなに油売ってるんだ、こんな時間に……。補導されるぞ」

 傘をたたんで傘入れに突っ込むと、僕はコンビニ店内に入ってフードコートで漫画を読んでゲラゲラ笑って酢イカを囓るふぐりに、後ろからチョップを浴びせた。

「ふぎゃあぁぁぁ! 痛っ!」

 こっちを向く小鳥遊ふぐり。

「あー、痛かった。……誰かと思えば山茶花じゃん。なにやってんの?」

 痛くなさそうなふぐりは叩かれた頭頂部を押さえふくれっ面をする。

「それはこっちの台詞だ、ふぐり。補導されるぞ」

「補導した〈表〉の警察官が今度は〈桜田門〉に呼び出し食らうだけだわ」

「口数の減らない奴だな。……ん? 事件って意味か、その言い方は」

「当たり前でしょ! 張り込みよ。まだ時間に余裕はあるけどね。待ち伏せしてんのよ、バカ山茶花。あの阿呆は一緒じゃないの?」

「あの阿呆、とは?」

「猫魔に決まってるでしょ!」

「ああ。破魔矢式猫魔ならば百瀬珠総長とバーボン飲んでるよ。僕はつまみの買い出しだ」

「ムキーーーー! あの阿呆探偵はこのあたしが探偵してるっていうのに、お酒を、しかも総長と飲んでるですって! あの二人に万が一〈間違い〉でも起こったらどうするつもりよ!」

「知らないよ、そんなの」

「そーいうところが童貞だ、っていうのよ、この山茶花のバカ! あの探偵はなに考えてるかわかったもんじゃないわよ!」

「ああ、もう。ひどい言われようだなぁ」

「天才のあたしだって、見れることは限られているのよ。社会はブラックボックスなんだからね!」

「ブラックボックス?」

「いや、そこで首をかしげるな、バカね、あんたは。……ふぅ。まあ、いいわ。時間もまだあることだし、酢イカわけてあげるからそこに座りなさい」

「酢イカ何本買ったんだ? ……って、それこそ〈ボックス買い〉じゃないか。バカはどっちだよ、ふぐり」

「うっさいわね! 座れ!」

「ソーシャルディスタンス!」

「黙れ! 黙って座れ、えろげオタク!」

「はいはい」





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