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夜刀神が刀は煙る雨を斬るか【第二話】




 ロックグラスに氷とバーボンを注ぎ、少しグラスを振ってから、その琥珀色のワイルドターキーを飲む。

 部屋に入ってすぐに僕はびっしょりになった服を洗濯籠に放り込み、着替えてから、二人を部屋に入れたのだった。

「うまい」

 珠総長が持ってきたバーボンはとても美味なのであった。

 これは薄めないで、ロックかストレートで飲むのが良い。僕はそう思う。

 キッチンからクラッカーとチーズを持ってきて出したところ、猫魔は、

「ワインじゃないんだぜ」

 と、不平を言いつつ、クラッカーにチーズを載せて食べている。

「これしかなくて悪かったね、猫魔。僕に出来ることなんて、なにもないよ。今の時間から料理を振る舞う気も起きないしさ」

「役には立ってるさ。場の提供は感謝だぜ」

「猫魔の部屋は書物だらけで足場がないほどだからなぁ」

 猫魔はケラケラ笑い、僕に言う。

「場の提供。それは架け橋のようなものだ」

「架け橋……ねぇ」

 そうなのだろうか。

 僕が首をひねっていると、猫魔は本の一節と思わしきものをそらんじた。



「人間は獣と超人の間に結ばれた一本の綱である。深淵の上の綱である。……その上を渡ることは危険であり、その上を行くことは危険であり、あとを振り返ることは危険であり、たじろぐことも、立ち止まることも、危険である。……人間において偉大なもの、それは、彼がひとつの〈橋〉であって、目的ではないということである。人間において愛されうるところのもの、それは彼が〈過渡〉であり、〈没落〉であるということである――ニーチェ『ツァラトゥストラ・序言』より――」



「……僕は、〈橋〉か。いいね、それ。〈過渡〉と〈没落〉が愛されるって価値観も、退廃的で良いじゃないか、猫魔」

「おれはデカダンスを気取るつもりはないけどな。山茶花はデカダンなのかな」


 バーボンに口をつけながら、話を聞いていた珠総長がクスクスと笑う。

「我が輩の〈飼い猫〉はニーチェがお好きか。ウケるのぉ。〈超人〉とは我が輩のような者のことを指す言葉じゃろうに。〈うい奴〉じゃのぉ、我が輩のことはもっと褒めても良いのじゃぞ、猫魔よ」

 破魔矢式猫魔は珠総長を横目で見ながらバーボンを一口飲む。

 猫魔は珠総長の方を見ながら、ただ黙っている。

 僕は、そんな総長と猫魔を見て、二人が信頼関係で結ばれているのを確認する。

「この大雨、いつまで続くんでしょうね」

 窓の外を見る。ザーザーと打ち付ける雨が、音を立てている。

 お酒を飲むと、意外に心地の良い音とリズムなのだが。

 一週間雨だったし、ちょっと降りすぎのような気がする。

 珠総長が重そうに口を開く。

「ふむ。……晴れる頃には事件が解決しておる。いや、逆じゃの。事件が解決するから、雨が止むのじゃな」

 僕の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。

「どういうことです、総長?」

「我が輩がプレコグ能力者じゃということを忘れては困るのぉ」

 ……プレコグ。未来予知。珠総長は未来予知能力の保持者だ。故に〈魔女〉なのだ。

「これから、事件が起こる、ということですか」

 僕は素直に訊いてみる。

 総長は答える。即答だった。

「もう事件はどこかで始まっておる。くだらん話じゃよ。勝手に解決するじゃろう。雨はじきに止む」

「事件で雨が降っているって風に聞こえますが、その因果関係は……?」

「愚問じゃよ、山茶花」

「愚問、ですか」

「ああ。愚問じゃのぉ」

 そこに口を挟むのは猫魔だ。

「バカだなぁ、山茶花。総長がくだらないと言ってるってことは、〈金にならない〉ということさ。これは表には出せない超常現象かなにかなんだろう」

「なるほど」

 妙に納得しそうになる僕。

 グラスをテーブルに置いて腕組みする総長が言う。

「常陸。ここは本当に不思議な土地じゃのぉ。『オオカミのサガ』と『フクロウのココロ』持つ国栖くずが住む穴蔵に黒坂命くろさかのみことが茨を入れて滅ぼしたことから、ここに茨城という名前が生まれ、地名になったのじゃったな。西から望むと関東平野が終わって山が始まり蝦夷になる。その最前線が常陸じゃった。超常現象も、そりゃ起こるわい。冥幽界があるのも、常陸じゃしのぉ」

「江戸に住む国学者・平田篤胤ひらたあつたねが拾った少年が、常陸の山奥にある冥幽界から来たのは、有名だしな」

 と、猫魔。

 僕は呟く。

「平田篤胤。復古神道の大成者、か」





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