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気韻生動の法術士【第五話】




 夜のお薬を飲み、消灯時間が病棟に訪れた。

 一斉に電気が消される。

 病室も、廊下も。


「う、お手洗い……」

 消灯一時間後くらいの頃。

 わたしはベッドから起き上がり、スリッパを履いて、トイレを目指し、病室の引き戸を開けて、歩いて行く。

 ぺちぺちぺち、とスリッパの音が真っ暗な廊下に反響する。

 女子トイレに着く。

 誰もいない。

 トイレが自動で灯りがついたので洗面所の鏡で自分の姿をチェックする。

「うん。なんともない」

 なんの確認だか自分でもわからないが、鏡を見て安堵したわたしは、個室に入る。

 便座に座った。

 そのときだ。

 天井からわたしの眼前に、見開いて充血した目をした妙齢の女性の〈顔〉が、つり下がって現れた。

「ひぃ!」

 天井から糸を伝って降りてきたその〈顔〉は、おほほほほ、と笑う。

 顔に、直接蜘蛛のような、毛がうじゃうじゃした足が左右に十本はついていて、すべての足が別個にうにゃうにゃ動いていた。

 飛び上がったわたしは、〈顔〉から横に避けて、下着と患者服を着直しながらダッシュで逃げた。

 トイレから出て、廊下で後ろを振り向くと、その左右十本の足で、カサカサ音を響かせ、〈顔〉が追いかけてきていた。

 わたしは〈顔〉の反対方向に向けて走った。

 各病室は静まりかえっていて、わたしが悲鳴を上げているのに、誰も起きない。

 ダッシュしたわたしは、ナースステーションの前に立つ。

 ナースステーションの中は明るい。

 宿直のスタッフがいるはずだ。

 わたしは鍵のかかったナースステーションのドアをノックする。

 誰も出てこない。

 いぶかしんだわたしは、扉についた硝子から、中をのぞいた。

 すると、病棟スタッフが血だまりに倒れていた。

 そして、仰向けに倒れているスタッフ二人の、飛び出た内臓を引きちぎり喰っている、足が左右に十本の〈顔〉が、二匹いた。一匹ずつ、病棟スタッフの内臓を喰っている。

「ひぃー!」

 腰が抜けてその場に倒れ込むわたしに、後ろから〈顔〉が迫ってくる。

 喰われる……。

 わたしがそう思ったときだ。

 ナースステーションから一番近い病室から飛び出てきた男が、〈顔〉の、その顔の眉間へめがけてアイスピックを振り落とした。

「ぴぎゃああああああああぁぁぁぁ!」

 男は黒いドライバーグローブを着けた手で振り落としたそのアイスピックを廊下の床まで貫通させて突き刺した。

 アイスピックが〈顔〉を床に釘付けにする。

 あの〈顔〉は、突き刺されたまましばらく動いていたが、血の泡を吹いて、聴くに耐えない断末魔の声を吐いて絶命した。


 わたしは、男を見る。

 それは、破魔矢式猫魔だった。

「やぁ」

「助けてくれてありがとうございます。でも一体、なにが起こっているのか、さっぱりなのですが」

「ああ。君はひとの背中に映像が浮かんで、それで予言じみたことを言っていた、と聞いたんだけど」

「ええ。そうです。それがなにか」

「自分の背中に背負ったものの映像は、見えないんだね」

「え?」

「舞鶴めるとさん。あんた、呪われてるぜ? こんな境遇なのに、それでもまだ、うらやましがっていたり、妬みから君に復讐したいような奴らがいるんだ。それが取り憑いていて、ちょうど機が熟したから〈呪〉が襲ってきたんだ」

「でも、化け物だなんて、そんな、非現実的な……。わたしが見えるのは、もっと現実的なもので……」

「流派が違うのさ。君に〈呪〉の〈種を蒔いた〉奴の法術の流派が、ね」

「今、ナースステーションにも……」

「ああ。病室も見て回ったけど、遅かったみたいだな」

「え? それじゃぁ、静かなのは」

「君はもう退院だ。狂ってなんかいない。だが、この病棟は、手遅れになってしまった。病棟スタッフを含めて」

「そんな……」

「さて。最後にナースステーションの〈顔〉を、ぶっ殺しに行ってくるよ」

「もしかして、猫魔さんが言っていた、君はこれから、〈君〉に会うだろう、っていうのは」

「もちろん、〈顔〉自体のことじゃないさ。君と同じ、法術使いの存在がいるってこと。具体的にはこの〈顔〉を放った術者だ。術を使う者が自分以外にいないだろうと思っていたわけじゃないだろ? 自分に不思議な力があるんだ。同じく不思議な能力を使う者もほかにたくさんいる、ということさ」

 絶命した〈顔〉からアイスピックを引き抜く猫魔さん。

 アイスピックを抜いた眉間から、血が吹き出る。

「これも、うちの〈魔女〉の命令なんで、ね。一仕事、やってくるぜ。術者も捕まえる。〈赤坂〉に引き渡せば、奴らだって大喜びさ。〈桜田門〉にも、報告が必要、か……。めるとさん、君はそこで見物してなよ。腰が抜けて立てないんだろ?」

 ぺたりとその場にへたり込んでいたわたしは、恥ずかしいことに失禁していた。





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