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気韻生動の法術士【第二話】




 あとで知ったことだが、常陸にある実家に戻ったわたしは、一ヶ月くらい仙人の修行したはずなのに、浮世では三日しか経っていなかったそうだ。

 しかし、三日とはいえども、それは浮世では長く、捜索願が出されていた。



 帰ってきた時間は夜だった。

 実家の表札の前に立つ。

 ひょこひょこと家のインターフォンを鳴らすと、夜だっていうのにうるさく泣きながら、母親が出てきてわたしを抱きしめた。

「ただいま」

「バカ! 今までどこにいたの、めるとちゃん」

 母親はわたしをちゃん付けで呼ぶ。

 恥ずかしいからやめてほしいのに。

「えーっと。仙人の修行をすることになっちゃってね。でも、〈法術〉とか、少しできるようになったよ」

 バッと母親はわたしから離れて、

「ああ、疲れているのね。それでおかしなことを口走るようになって……。さ、家の中に入りなさい」

 と、わたしを受け入れた。

 家の中に入ると、父親がいた。

 仕事から帰ってきたのだろう。

「めると。まさか悪い男に騙されて……」

「うーん。それはないわよ。それよりお父さん」

 わたしには〈見えた〉。

「明日、仕事で大けがするわよ。気をつけて。……そうね、倉庫のフォークリフトに気をつけて」

 そこに母が、

「縁起でもないことを言うんじゃありません!」

と、わたしを叱った。

「うーん、でも見えるんだけどなぁ、背中にね、背負っているものが〈見える〉みたいなの」

「今日はもう暖かいものを飲んで寝なさい。ホットミルクをつくってあげるから」

「はーい」

 お風呂に入ってホットミルクを飲んで、眠る。

「あー、いろいろあったなぁ。これからもお師匠は定期的に仙境へ来いって言うし、さ。終わったわけじゃないのよね、この一件は。面白いから良いけどねー」


 勢いよく、わたしは布団にダイブする。

 久々の、実家の布団はふかふかしていた。




 次の日、高校に行くと、みんな、痛々しそうな目でわたしを見ていた。

 だが、わたしにはラッキーなことに話し相手になるような友達は皆無だったので、ぼえーっとして過ごす。

 午後の授業中。眠たい目をこすって黒板を見ていると、スピーカーで職員室に呼ばれた。

「やっぱりね」

 呟いて職員室へ行くと聞かされたのは、わたしの父親が、不注意で仕事場の倉庫のフォークリフトにひかれた話。

 一命は取り留めたが、ということだった。

「なるほどねー」

 わたしは頷くと、自動車で迎えに来た母親と一緒に、父親が入院している病院へ行くことになった。


 病室には、父親がいた。

 わたしの顔を見た途端、悲鳴を上げた。

 悲鳴が病室に響く。

 看護師が悲鳴に気づき、病室に入ってくる。

「悪魔だ! 悪魔だ! この子は悪魔になっちまった! あっちへ行け! こっちに来るな! こっち見るなぁー! ひぃー!」

 暴れる父。

 看護師が呼んだ看護スタッフたちが続々駆けつけ、押さえつける。

 鎮静剤を打たれ、父は眠り、騒動が収まる。

「どういうことなんですか」

 看護師が母に問う。

 母は答える。

 わたしが父に話したことと、昨日までわたしが行方不明だったことを。

 看護師が、

「あはは。大げさだなぁ。じゃあ、めるとちゃん、僕の背中に、なにか見えるかい?」

 と、尋ねてくる。

 言いたくなかったのだが、言われたから、答えるしかなかった。

「二日後、あなたが住んでいるアパートは火事で燃えるわ」

 その場が凍り付く。

 母はわたしの頬をはたいた。

 痛い。

「そ、そんな縁起でもないことを言うもんじゃありません!」

「あはは。気をつけておくよ」

 看護師さんは、そう言って、その場はそれで過ぎた。

 二日後の夜、その看護師さんの住んでいるアパートは火事で焼けて、笑っていたその看護師さんは、帰らぬひととなった。


 舞鶴めるとは、頭がおかしい。

 狐憑きか、天狗にでもなったのだ。

 学校ではそう言われ、近所でも話は広まり、精神科へ連れていかれ、なぜだかわからないが、三日間の行方不明が生んだであろう誇大妄想の気があるので入院治療が必要だ、との理由で、精神病院へ入院することになってしまった。



 ピンチ。

 大学受験まで、あと少ししか時間がないのに。

 仙境の次は精神病院?

 舞鶴めるとの人生は、意外と波瀾万丈になってきていた。





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