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庚申御遊の宴【第十四話】




 僕は走る。「ああああああああ!」と、大声で叫びながら。

 そうしないと、やりきれなかった。

 だって。だって。そんなのないだろう。

 僕は愚者だから、経験で学ぶしかなくて。





 おどりおどるのは仏の供養

 田ノ草取るのは稲のため


 盆でば米の飯 おつけでは茄子汁

 十六ささげのよごしはどうだい


 早く来い来い 七月七日

 七日過ぎればお盆さま





 歌が聞こえる。ヂャンヂャンガラガラおどりの。それは囃子と言うには激しすぎて。遠くから聞いたら怒号や罵声のようにしか聞こえない。

 もともと、僕の住む常陸から東北にかけての方言混じりの話し言葉は、罵声のようで、それが早口と強いアクセントと大声で放たれるわけだから、まつりの歌がお上品なわけがなかった。

 お上品だとは全く言えない、農民の、パワーがあふれる歌。

 走ると、だんだん近づいてくる。

 太鼓と鉦のビートが、耳とおなかを打つ。





 阿加井嶽から七ノ浜観りゃ

 出船入船 大漁船


 誰も出さなきゃわし出しましょうか

 出さぬ船には乗られまい


 磐城ヶ平で見せたいのは

 桜つつじにヂャンヂャンガラガラ


 七月はお盆だよ 十日の夜から

 眠られまいぞなー

 おどりおどるのはヂャンヂャンガラガラ






 慎ましくなんて、できやしなかったのかもしれない。

 疫病が流行っていると噂され村は閉鎖状態に近く、それは情報統制され。

 こころはむしばまれ。そこに『厄病送り』をする、という名目で。

 一族を掌握し復讐するために一族の本家筋と再婚し、子供を自分の娘に産まそうとした果肉白衣と。

 一族に縁を持つ〈流された者〉である伽藍マズルカ。

 マズルカは、〈間引きされる〉代わりとして、村から〈流された〉という。滝不動の下で、破魔矢式猫魔は、僕にそっと教えてくれていた。


 倫理観を責めても仕方がないが、二人は共謀して。

 この、僕の今目の前に広がる〈乱交〉を行わせて、村への復讐にしたかったのだろう。


 だが。

 果肉白衣の思惑は、佐幕家の娘、佐幕沙羅美に利用された。

 沙羅美は、〈庚申待〉の日に、伽藍マズルカに〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉を行わせた。マズルカは、〈泡済〉サマだ。泡済とは、〈狂僧〉のことを指す、と辞書には出ている。マズルカは、了承しただろう。


「確かめたよ、伽藍マズルカ。あいつは泡済サマだよ、間違いなく、な」



 広がるこの景色は。

 村中の男女が男装・女装をしながら〈同衾〉をしているなか、花笠を着た太鼓と鉦を打つ音楽隊が円舞をしている光景だった。



 その乱交の男女、音楽隊の円舞の連中も、腹を食い破られていた。

 内臓が飛び出して血を吹き出している。

 だが、その腰の動きが止まらず、各々、奇声を発していたのだった。

 化粧をしたおどりの中の人々は白髪でしわくちゃに体中がなっていき、足はもつれ、そして内臓は芋虫のようなものに食いちぎられ血を吹き出している。

 血を吹き出し踊る念仏踊りの人々。

 この世の終わりのようだったし、……村はもう、終わりなのだろう。


 身体を老化させ、足を立たなくさせ、内臓を食い破る。

 そう、これは〈三尸〉の仕業だ。


 庚申待の〈禁忌〉を犯した者たちを、三尸が殺そうとしている。

 いや、もう人々は死んでいて、死者が躍っているのかもしれなかった、この狂乱の踊りを。セックスを。乱交を。狂騒を。

 村の一族は庚申信仰だった。その一族が、庚申サマに罰を与えられている。マズルカが言うところの、まつりの〈本来の姿〉と一族は相容れない。宗派の共存を、現代の〈泡済〉が打ち破ったのだ。

 罰を与えられながら、人々は死にながら踊りの恍惚に溺れ、夜の饗宴を繰り広げている。


 僕は死者の乱交のなか、己の無力感に、崩れ落ちる。

 膝立ちのまま、〈探偵〉として人々を〈救えなかった〉ことを、悔やみ、くちびるを噛む。

 涙が地面に落ちる。


 そのときだ。

 太鼓と鉦と歌と乱交の狂騒を突き抜けて、阿加井嶽の上から、大きな鐘の音が響いた。

 一度鳴っただけで、場の空気を一変させた。

 一瞬の沈黙。

 沈黙したときに、間髪おかず、鐘がまた鳴らされる。

 鐘は、一秒間隔で、連打される。速い。お坊さんが鳴らしているとは思えない、連打だ。



「これは……猫魔か?」

「……そうよ、山茶花」


 背中を振り返ると、小鳥遊ふぐりが立っていた。


 寺の……阿加井寺の鐘の音に反応したように、一斉に人々の身体の中から這い出た三尸たちが飛び跳ね、ものすごいスピードで阿加井寺に向かって列をなし、向かって行く。



 三尸たちの束が、阿加井寺まで繋がって、一本の綱のようになるのを、僕とふぐりは黙ったまま、観ていた。


 夜の、星々が瞬く中。

 寺の、おそらくは鐘のある場所まで繋がったところで、灯がともった。

 それは炎となり、まぶしい光を放つ。

 光が僕らを照らす。

 炎の束が、嶽からここまでを燃やした。

 横繋ぎになった、波打ち燃える火の柱。

 三尸が出すピーキーな咆哮が聞こえるのは、僕の幻聴だろうか。

 その姿、長く続く炎の束を観て、僕は声を出していた。



「炎の竜が、鳴いている。竜燈……。これか、『竜燈を照らせ』ってのは…………」



 ふぐりは言う。

「一杯食わされたわね。因襲を破り、終わりにしたかったのよ、佐幕沙羅美は。自分が陵辱の餌食になったのも、一族の因襲が招き寄せたものだ、と思ったのでしょうよ。それで、遠大な計画を立てた」



 竜燈は、波打ちながら海に向かって進んでいく。



「破魔矢式猫魔が、鐘で〈煩悩を祓って〉焼いたのね。あの護摩壇でも使用して。住職も、中尸に食い破られていたみたいよ、この前の庚申のときに、なにかの禁忌を犯して。そこに、とどめを刺したのは、佐幕沙羅美の母親だったみたいだけど」




 寺から十六キロ先に、海がある。

 寺から海まで、三メートルくらいの高さになって、その十六キロに渡り竜燈が飛ぶ姿は、圧巻だった。僕には描写なんてできない。この世のものとは思えなかった。


「これを見越して、〈裏の政府〉も、情報統制を最初から、していた…………?」


「さぁ。知らないわ。探偵が三尸を燃やすのも想定済み。〈解読されていた〉ってのも、そういうこと。全部、茶番だったわ。庚申御遊の夜の茶番…………」


「山祇と龍神のコラボレーションみたいだ……」


「……終わったわね、事件。帰る準備でもしましょ」


「さっぱりしてるね、ふぐり」


 顔を上げると、そうじゃないのがわかった。




「そんなわけないじゃない。……悔しい。また、あの探偵に、負けた…………」




 泣いているのは、僕だけじゃなかった。

 違う理由だけど、小鳥遊ふぐりもまた、泣いていた。

 竜燈の光に映し出されるこの美少女の涙を、僕は美しいと思ってしまった。

 だから僕は、目をそらして、ただ黙っていたのだった。





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