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庚申御遊の宴【第十一話】




 …………あなたたちが学んできた歴史というものは、支配者の側が記録した資料によって組み立てられたものなのです。

 それに気づいて欲しい。

 たとえば、江戸時代の農民というと、五人組制によって厳しく管理され、また慶安の御触書にあるように、むごく質素な生活をしていたと思われがちです。

 しかし、当時の人々も、美しいものを美しい、うれしいことをうれしい、悲しいことを悲しいと感じる人間であったわけです。むしろ今の人間よりも情緒が豊かで、素晴らしい感性を持ち合わせていたかもしれない。ところが歴史書を読むと当時の農民は、なにか心を持たない生き物で、ただ単に物を生産する機械のように描かれることが多いのです。新政府が取り入れようとしていた西洋の文明。その移入によって国家を建設しようという時代、旧態依然とした西洋文明とは異なる文化に属するヂャンヂャンガラガラは風紀を乱すとして危険視されたのです。

 ですが、わたしはこの踊りを、もとのかたちに戻したい。支配者の史観で物事を見るのではなく、根源から湧き出る力強いこのヂャンヂャンガラガラを〈再興〉したいのです。

 そしていまここに、本来のエネルギッシュなヂャンヂャンガラガラの再興が起こる。

 それは悪霊退散に繋がる、この地に蔓延した厄を祓う〈厄病送り〉の色彩を帯びたものとなる!




「と、まあ、そう伽藍マズルカは言っていたわけだけど」


 僕は戻ってきた滝不動の前で、猫魔に、マズルカの言ったことなどを話した。


「よく覚えてられたわねぇ、山茶花」

 あきれた顔をして、小鳥遊ふぐりが僕に言う。

「ま、仕事だからね」

 そう返答するしかなかった。


 猫魔は思案気な顔をしている。

「鉦の音の〈ぢゃんぢゃん〉と、太鼓の演奏回数を数える助数詞の〈がら〉を合わせて、ひと呼んで〈ヂャンヂャンガラガラおどり〉。ルーツは泡済念仏だと言うし、伽藍マズルカもまた、どこからか〈流れてきた者〉で、その彼が、この地に元からあったヂャンヂャンガラガラの再興を目指していて、手始めに〈厄病送り〉をしよう、ってわけだ。なるほどなるほど、なるほどねぇ」


「僕にはさっぱりだよ、猫魔」


「このヂャンヂャンガラガラの円舞で歌われる歌詞には、阿加井嶽の名前、出てくるだろう?」


「うん。出てくる。ていうか、なんでそれを知ってるのさ、猫魔。聞いてたのか?」


「聞いてないよ。ここの阿加井嶽はとても有名な〈竜燈伝説〉があるって言っただろ。だから、ここの地元のまつりには、歌われるだろうなぁ、と思ったのさ」


「それがどうしたのさ」


「あ! そっか!」

 ふぐりがいきなり飛び上がる。


「ん? なに? どういうこと?」

「バカねぇ、山茶花。なんで流れの坊さんが、ほぼ滅んでいた、阿加井村でしか使用できないような歌の文句を内包した念仏踊りを、よりにもよって現地の村人にレクチャーしているのよ? 知らない村の風俗を研究してる学者だという線もあるけど、そうじゃないとしたら」


「あ。つまり、この村となにかしらの〈縁〉が、伽藍マズルカには最初からあった、と」

「そうよ。だいたい、関係ない奴を連れてくるわけもないでしょうし。連れてきたのは、佐幕家の者でしょ。と、なると次に向かうのは」


「佐幕沙羅美の住む屋敷というわけか。伽藍マズルカとこの村の一族の関係性を探れば、なにか掴めるかもしれないよね」



 破魔矢式猫魔は、

「そろそろ宵の時刻だ。街灯もろくにない村なんだから、早く用事を済ませたいところだね」

 と、だるそうに言う。


「じゃあ、次に向かうのは」

 僕が猫魔に確認を取ると、

「ふぐりが言った通りさ」

 とだけ言って、背を伸ばしたり、ストレッチをして、歩くのに備えていた。





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