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庚申御遊の宴【第五話】




「夜な夜な亡き父の霊が現れるんです」

 七月の昼下がり。

 クーラーの効いた百瀬探偵結社の応接室で、依頼人・佐幕沙羅美さばくさらみは、そう話を切り出した。

 僕と破魔矢式猫魔は、依頼人と向かい合うようにソファに座っている。

 事務員である枢木くるるちゃんが人数分のアイスコーヒーを置いて、奥に戻っていく。

「亡き父親。佐幕ザザさんですね。それで、未亡人になった母親は、果肉白衣かにくびゃくえという工員と再婚した、と」

 猫魔は、総長が作成した資料の紙を見ながら、沙羅美に確認を取る。

「はい。母は、果肉白衣と恋愛で再婚し、今は果肉も家に住んで……います」

 自分の身体を抱きしめるようにしながら、沙羅美は身体をぶるぶる震わす。果肉白衣の名前を出して、下唇を噛む。

「で。亡き父親・ザザさんは沙羅美さんになんと言うのですか? どういうシチュエーションで?」

「…………シチュエーションは、話したくありません」

「大丈夫ですよ、沙羅美さん。おびえなくて大丈夫です。沙羅美さんが性的虐待を果肉白衣から受けているのは、調査済みです」

「……え?」

 沙羅美の声がかすむ。ガタガタ震えが一層ひどくなる。

 猫魔が沙羅美さんに訊く。

「クーラー、切りましょうか」

「いえ、結構です。あの、でも、幻覚なんかではないんです! 父が現れるんです!」

「わかってますよ。佐幕ザザさんは、思い残したことがあって、それを沙羅美さんに伝えようと現れるんですよね」

「なんで……それを知って?」

「勘ですよ。ところで、塗香ずこうの香りがしますね。失礼ですが、沙羅美さんは、なにか宗教的なものを?」

 僕は猫魔に、

「塗香?」

 と聞き返してしまう。

 ため息をして、猫魔は僕に答える。



「塗香とは、密教系寺院で用いられる清めのための粉末香のことだよ」

「密教系寺院……ねぇ」


 沙羅美は、意を決したように、猫魔に話しだす。

「村には今、高名なお坊様を招いているのです。一族の住む村は今、正体不明の疫病に冒されておりまして。当家が招いて、ご教示していただいております」

「村全体が疫病に冒されているのは、国の方で情報統制がされて隠されているみたいですね」

「それもお調べになって?」

「いえ、佐幕家の一族が住む阿加井村にはすでに、うちの探偵結社のメンバーのひとりを向かわせておりまして。それで知っているのです。近くに温泉地があって、そこの温泉宿に宿泊して、喜んでいますよ」

 僕はまた、口を挟んでしまう。

「猫魔。数日前からふぐりがいないのはそういうことなの?」

「そういうことだよ。小鳥遊たかなし ふぐりは阿加井村の近くの温泉宿で毎日卓球台にかじりついているだろうさ。相手がいないから、壁打ち卓球になってるだろうけどね」

「…………」

 依頼人に向き直る猫魔。

「坊さんの名前は」

泡済ほうさいサマ……と村の者たちには呼ばれております。実際の名前は、伽藍がらんマズルカ、と」

「泡済、と来たか。じゃあ、踊り念仏か念仏踊りを教えている最中なのかな?」

 沙羅美の顔が明るくなる。

「おわかりになりますか!」

「もちろん。泡済と言えば、ここ常陸に昔実在した坊さんの名前だからね」

「そうなのか、猫魔」

「はぁ。山茶花。泡済念仏といやぁ、有名だぜ。東京の方でもそれをアレンジした踊りが残っているくらいだ。江戸時代の僧侶だよ」

「へぇ……」

 沙羅美は、声を大きくして、言った。

「亡き父が〈このタイミング〉で現れるその理由を、思い残したそのことは、本当はなんなのか、それが知りたいんです! きっと、村の疫病ともつながりがあると、わたし、確信しております!」

 一拍置いてから、破魔矢式猫魔は、佐幕沙羅美に尋ねる。

「それで。ザザさんの亡霊は、沙羅美さんに、なんとおっしゃるのですか」

「はい。…………竜燈を照らせ、と」

「竜燈を照らせ……か。なるほど。お話、ありがとうございました。現地でお会い致しましょう。それよりも、ぬるくなる前にアイスコーヒーをどうぞお飲みください」

「……ありがとうございます」


 僕は、

「竜燈か……」

 と呟いた。

 なにかを思い出しそうだったが、それは夢かなにかに出てきた単語らしく、頭の中で上手く点を結ばないのだった。





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