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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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川沿いの料理屋

 砂埃が中に舞う。人並みがその煙をさらにかき混ぜ、乾いた竜巻があちこちで揺らめいているように見えた。

 両国の広小路に溢れる人の群れは、性別も年齢もそして服装も雑多なものである。

 広小路から外れた道脇の小店も賑わっており、玄関の前で飲み食いを良くするものの姿が多く見える。安直ではあるが、酒と田楽。もしくは煮物。一日の疲れを癒やすように、酒食を楽しんでいる。

 それを見ることもなく、ただ足をすすめる浅葱色の着物を纏った男性。深く笠を被り、日本のものを腰に挿している。羽織はなく、着流しだが所作の良さが品の高さを感じさせた。

 すっ、と笠の隙間から上を見る男性。

 広小路を外れ、細い川沿いに足を進める。

 夕方のこと、川を行き交う船の姿もまばらである。

 男性は足を止める。それはこぢんまりとはしているが新しい雰囲気の屋敷――どうやら料亭らしい。自然に、そう極めて自然に男性は料亭の玄関をくぐる。玄関番は笠を受け取ると、無言で男性を奥の間へと誘う。

 赤みが見える総髪――涼し気なその顔は今江戸で話題の『蘭癖高家』一色統秀その人であった。

 普段は白馬に斜めにまたがり陣羽織のような上着をまとい下には真っ白な小袖をゆるく着こなしている彼ではあるが、今日は極めておとなしい風体である。

 それは『しのび』の外出であることを意味していた。

 奥の一室の障子を開ける。

 部屋は暗く、すでに行灯が二つともされていた。

 ゆっくりと部屋に分け入る統秀。用意された膳の前に腰を据える。

「お待ちしておりました、蘭癖さま」

 暗闇より絞り出されるような声。

 狼狽するでもなく統秀は静かにうなずく。

 暗闇がゆっくりと揺れる。

 黒い――それは羽織であった。まるで動物のようにうずくまっている人の影。ゆっくりと面を上げる。

「いつも手間をかける。平左、まずは」

 平左と呼ばれた男性は統秀に許され、酒坏を手にする。

 その顔――なんとも青い、というより白い顔である。目鼻立ちの造作は良いのだが、なにか不穏な感じを受けるのは皆が思うところである。横には大小が二つ、そして十手がきれいに並べ置かれていた。御家人旗本の類ではなく、町役人のようらしい。

 『にわたずみ同心』、江戸の町人たちは彼のことをそう読んでいた。

 にわたずみとは水たまりのことを言う。

 町人にとって水たまりは迷惑以外の何物でもない。また、彼が田沼の時代に重用されていたことから、『田沼の下っ端なら水たまり程度がお似合いだ』という意味も含んでいた。なんとも口さがないのは江戸っ子の特徴である。

 しかし彼はそんなことは意にも介していないようだった。

 ゆっくりと酒坏をあける平左。そして、少しの間の後、統秀が問う。

「で、話とは」

 平左はそっと酒坏を置き、口を開いた――

 


 

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