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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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天竺屋の最後

 じゃばり、と堀中から男が上がる。

 先程まで着ていた鎧はすでに捨てていた。

 天竺教徒たちを置き去りにして逃亡を図った――天竺屋徳兵衛である。

 彼はまだ諦めてはいなかった。

『阿片』はまだ隠してある。

 それを手に入れれば、再起もあろう。

 今はただ、落ち延びるだけ――

 彼は土手を見上げる。

 そこには――白馬にのった武士がこちらを見下ろしていた。

 赤い総髪。陣羽織を羽織り、針金のような大小を指した若者。

 天竺屋はため息を付く。

「蘭癖さまですか。最後まで私の邪魔をしようと――」

 そう言いながら、懐から抜きざまに拳銃を発射する。

 二発三発。

 しかし、その弾は空を切り統秀にはかすりもしない。

「お縄につけ。とはいえ、獄門は間違いなかろう。かといって自決を許すほど、同情の余地もない」

 普段の温厚な統秀とは異なり、明らかに怒りを感じさせる口調で刀を抜く。

 天竺屋も懐の脇差しを抜く。

 馬を降りて天竺屋に飛びかかる、統秀。

 それを天竺屋は迎え撃つ。

 それは、勝負にもならない。

 統秀の刀は袈裟斬りに天竺屋をなぎ倒す。

 天竺屋は仰向けに血を吐きながら、天を仰いだ。

「蘭癖......せっかくこの国を救おうとした私を殺すとは......後悔するぞ」

 そう天竺屋がむせながら統秀に訴える。

「私は......バタヴィアに生まれた......あそこでは阿蘭陀オランダ人がまるで現地の人々を奴隷のように扱うのを......見た」

「それがなぜ、麻薬を広めていいことにつながる」

「わからんのか」

 意外な天竺屋の答えに統秀はじっと彼を見つめる。

「遅かれ早かれこの国は植民地化されよう。その時にみなが麻薬に毒されていれば、外国の支配欲も少なくなるだろう。何より支配されても麻薬の甘美な幸せがあれば、どんな苦しみでも乗り越えられる。まさに仏の慈悲だとはおもわないか......ね」

 そう言いかけたところでごほっと血の塊をはき、天竺屋は絶命する。

「死にましたか」

 後ろから平左が現れる。先程からずっと様子を見ていたらしい。統秀は静かに頷く。

「泥棒には泥棒なりの理屈がある、って言いますがね。これはその最たるものだ。一体何でこんな考え方になったんでしょうね」

「それは――さぞかしきつかったのであろう。異国での奴隷のような扱いが」

 統秀はそう呟く。

 『苛政は虎よりも猛し』という中国の古典のことわざがある。ひどい政治というのは虎よりも民にとって脅威である、という意味だ。

 隣国清王朝は、このあとイギリスの阿片の持ち込みにより麻薬患者が急増する。それがアヘン戦争、そして本格的な植民地化になったのは言うまでもない。

 この時代より日本にも多くの外国船が出没するようになる。

  統秀はそっと刀を拭い、鞘に納める。

 第二の天竺屋が出ないことを、心に強く願いながら――


第二章 完

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