火付盗賊改方の流儀
暗い通路。床は土で、その幅はいやに狭い。
一番前を行くのはいかつい黒羽織の男。手には手甲をつけ、腰のものは使い込まれている感じが見て取れた。
「こちらでございます」
男に丁重に案内される侍が二人。
一人は同じ黒羽織――役人だろうか、もう一人は編み笠を深くかぶった男である。
「いつ来ても嫌なもんでございますなぁ」
役人らしき男――平左がそうもらす。
「火付盗賊改方の取り調べと言ったら、それはそれは過酷と聞いております。『天竺教』の信者どもは早速白状したのでしょうな」
そんな平左の言葉に案内役の男が嫌な顔をする。
ここは火付盗賊改方の役所で、そしてその奥の取り調べをする棟であった。
「それが、なかなかにしたたかでしてな」
案内役の男――当然、火付盗賊改方の役人であろうが――彼は苦々しい顔をする。
「いや、したたかというか何というか」
「いかががなされた。火付盗賊改方のお役人がそんな困ることもないでしょうに。いつものアレで大体白状するのでは」
平左はそういいながら、人差し指を立てる。拷問、の意味であった。
「それなりに傷めつけはしました」
役人は続ける。
「しかし連中は吐かないのです。『阿片』はいずこに隠したのか、天竺屋徳兵衛はどこにいるのか。石抱き、水責めいろいろやったのですが、何とも不気味なことで」
「不気味?」
編み笠の男――統秀が編み笠を上げながら、そう問うた。
「いや、私も長らくこのお役目を任されていますが。責められて我慢する者はおっても、嬉しそうな表情を浮かべる連中は初めてで。何を聞いても知らない、仏の慈悲だ。殺すなら殺せ、と。まるで交わっているような何とも言えない恍惚の表情でにやにやと答えるのです。なんとも不気味で。いかに悪逆非道な悪党でもこのような反応をするものはございません」
「長谷川さまはなんと」
統秀が問う。
「連中は酔うているのだろうと。それも酒などではなく、より強力な何かそう『阿片』で酔わされているのだろうと。命令を聞けば『阿片』を与える。そうでなければ与えない。『阿片』に心も体も支配され、尋常な思考ができなくなっているのではと。いうなれば奴らは本当の――人ならぬ鬼であると」
「さすがは長谷川どの。意を得ておられる」
さてどうしたものか、と統秀は腕を組む。天竺屋はまだ大量の『阿片』を保持している。教徒もまだそれなりの数は保有しているはずだ。
『江戸をわがものに』
天竺屋の声が統秀の心の中によみがえる。
『阿片』をどのように使い、江戸をわが手にしようとしているのか――
「何とも、強情な奴じゃ」
奥の仕置き部屋から上半身をはだけた役人が出てくる。汗にまみれ、表情はげんなりとしてた。
庭の井戸に近づき、桶を手繰る。
「ああ......天国だ。あんな熱い部屋で何刻も取り調べではこっちがおかしくなってしまう」
桶の水を何度も自分に浴びせかける役人。そのたびごとに極楽極楽と声を上げる。
「......」
それをじっと見つめる統秀。
そして、一つの答えが彼の中に浮かぶ――




