伏する『天竺教』
いずこかは、ようと知れない。
葦の大群に囲まれた湿地。背の何倍もあろうかという葦が一面を覆っている。
昼でも暗く、夜はさらに暗い。
そんなところに、彼らはいた。天竺屋率いる『天竺教』徒たちが。
地面には板を引き、葦を屋根として布陣する。
そう、それはまるで待ち伏せをする戦国時代の軍勢のようであった。
彼らの陣には山のように積まれた木箱。日本ではあまり見られぬ材質のそれには、英語で『Opium』と荷の名前が記されていた。これすなわち――『阿片』である。
「これからは、いかように身を処すのか」
坊主頭の体格の良い男が天竺屋にそう質問する。天竺屋は南蛮のいでたちにて鎧を召し、床几の上に座って目を閉じていた。
「われらの拠点も次々と公儀によって暴かれてしまった。憎むべきはあの火付盗賊改の長谷川。あやつの捜査で信徒も多く捕縛されてしもうた。地獄に落としてやるわ、長谷川平蔵宣以!」
顔を真っ赤にしてそう繰り返す坊主。
ようやく天竺屋が目を開ける。
「冽海大師、心配ない。『阿片』の大部分は、ほれ」
そういいながら『阿片』の箱を乗馬鞭で指さす天竺屋。
「このように持ち出すことができた。信徒が捕まったといっても、数にもならない連中ばかり。ここには二〇〇人の精強なる信徒が残っております」
「それはそうなのだが...」
不安がる冽海大師。それを見た天竺屋はため息をつく。
「仏のご加護は我々にありますぞ。しっかりしていただきたい。そう、一つ景気をつけるために、仏の慈悲をいただきましょうか」
そう天竺屋は告げると右手を上げる。
はっ、とそばにいた僧兵のような身なりの男が反応する。
「皆の者、仏の慈悲である。『阿片』の吸引を許す。死ぬことはない。たとえ死んだとしても極楽浄土に生まれ変われる。命の限り、仏敵である一色左近衛中将統秀とその一派、そして火付け盗賊改めの木っ端役人どもを火祭りに上げるのだ!」
おう!という歓声。
箱が数箱開かれ、その中身の『阿片』が信徒たちにふるまわれる。
横になって吸うもの、椅子に座って吸うもの。数刻もたたずに信徒たちは恍惚の表情を浮かべて地面に身を放り出す。
「兵というものは」
そんな様子を見ながら天竺屋も煙管を楽しむ。
「『自我』がなくなってこそ、強兵となる。敵が怖い、傷が痛い。それでは役に立たぬ。なればこその『阿片』なのだ。これさえあれば、どんな人間でも私の命令通りに動かすことができる」
「しかし、いかにそうとは言えこれだけの軍勢でいかに江戸の町を支配するのか......」
「妙案がある」
冽海大師にそう天竺屋は断言する。
その策――それは天竺屋がかねがね計画していたものであった――




