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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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一橋の影

「そもそもあの奇天烈なる風貌、田沼の緩みきった風紀を締め直さなければいけない今、老中様の改革に差し障ること甚だしいではありませんか」

 流石の定信も内心、げんなりとしてくる。この者、高山主膳の申すことのほとんどが田沼への罵詈雑言と統秀への偏見に満ちた風聞ばかりであった。

「一色どのは旗本とはいえ高家、それだけのことでは......」

「鎖国は東照大権現以来の祖法でござるぞ!お忘れか!」

 高山主膳は大声で定信に訴える。

「あのような南蛮の身なりをして、蘭癖を誇るなど幕府を侮るに等しい。田沼と同じく阿蘭陀などと通じ私腹を肥やしているのは火を見るより明らかでありましょう!」

 そもそも、家康公は貿易を推奨していた。この男は朱印船貿易の事実すら知らんのか、と定信は内心不安になる。幕府の高官がこの程度の知識しか持っていないことを。

「朱子学を重んじる立場からもあのような南蛮紅毛の風俗が広がるのは許しがたい。蘭学を影で支援しているという噂もある。一色中将どのをどうかご弾劾のほど!」

 なるほど、と定信は合点する。江戸城ではなく、この上屋敷で折り入って話をしたいといった高山主膳の意図を。此奴は、一色中将を『排除』したがっている。かつての田沼と同じように。

「朱子学は――」

 語気を抑えながら定信は語り始める。

「居敬窮理をもってその真となす。西洋の学問にもその合理性は色濃く見られる。キリシタンの如きは論外であるが、有用なものはそれとして受け入れるのも一つの考え方であろう」

 定信の理にかなう説明に口をつぐむ高山主膳。

 少しの沈黙の後、高山主膳は無言で立ち上がる。

「私の役目は目付。一色中将どのは高家とはいえ旗本に過ぎませぬ。不穏の兆しありとあれば、単独でも動くが職責。それを――」

 振り返りざまに高山主膳は定信をにらみつける。

「上様もお望みでしょう。松平老中様もよくよくお考えを」

 まるで捨て台詞のように定信の名を呼び、部屋を退出する高山主膳。

 廊下に高山主膳の足音が響き渡る。定信はそれを腕を組みながら聞いていた。

(上様、か)

 江戸幕府第十一大将軍徳川家斉。一橋家出身の人物であった。

 定信を老中に引き立ててくれた当人とはいえ、あまり好意は感じない。いや、引き立てたのはその背後にいる父親一橋治済の存在である。彼は八代将軍吉宗の直系の孫であり、また定信も同様の身分であった。

 そのような勢力を後ろ盾とする以上、高山主膳が望むのは当然幕臣として最高の地位――すなわち老中筆頭に違いなかった。

 ため息をつく定信。次の日、定信はある人物を呼び出す。統秀にこのことを伝えるために――

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