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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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交渉決裂

「私の手下になっていただきたい」

 思わずえっ、と多鶴が声を漏らす。しょうがない。あまりに天竺屋の申し出が想定外のものであったからだ。

「蘭癖さまも、この国をあまり良くは思うてないでしょう。そして私とはまた違った形で『外国』とのつながりがあるようです。いかがでしょう?私の下に入られては?決して損はさせませぬぞ」

「商人崩れの盗賊が何を抜かすか。片腹痛い」

 平左がそう忌々しげに吐き捨てる。

 首を横にふる天竺屋。

「その木っ端役人にはわからなくても、蘭癖さまあなたは理解されているでしょう。この『阿片』の持つ力を。これを使えば、旗本八万騎なにするものぞ。行く百万の民を従えさせることも可能であることを」

『阿片』の入った袋を手に取り、ゆらゆらさせる天竺屋。それを凝視する統秀。

 そして統秀はそっと目を閉じ、そして開く。

「ぬしの企みは理解した。なればこそ捨て置くわけには行かない」

「敵対すると?味方すれば老中でも征夷大将軍でも思いのまま――」

 天竺屋の言葉が終わらないうちに、統秀はテーブルを足で蹴り上げる。大きい割には軽いテーブルが空を舞う。

 そして統秀は抜き身になって、天竺屋に飛びかかった。

 一瞬のことである。

 天竺屋はただ座していた。

 長い統秀の刀身はその脳天をとらえたはずであったが――それはかなわなかった。

 小姓が二人、刀を交差させるようにして統秀の一撃を天竺屋の眼の前で受け止めたのだ。

 何という技量。そして目の前に抜き身の刀が迫っても瞬き一つしない天竺屋の度胸。

 一旦、後退りして統秀は体制を整える。

「ご返事はいただきました。思ったより合理的な計算のできぬお方だ。よろしい。では計画を実行にうつしましょう。この『阿片』と『天竺教』の力で江戸を我が物に――」

 一斉に四方の襖が倒れる。

 おうおうと獣のようなうめき声が上がる。

 頬かむりをした僧兵たちが手に槍を持ち乱入してくる。

「『天竺教』の兵です。三人ごとき押し包んで、殺してしまい!」

 天竺屋はそう叫ぶと、小姓とともに姿を消す。

 統秀たちはそれぞれを背にするように刀を構えた。

 ジリジリと僧兵たちが距離を詰める。

 飛び道具は持っていないようだ。

 平左がそっと多鶴に耳打ちする。

 腰の印籠を掴む多鶴。それを笄でつきさし、ポーンと空中に放り投げる。それを手にした笄で

「今だ!」

 その叫びとともに、印籠が爆発する。黒煙。そして悲鳴。

 『目眩ましか!!おのれ忍びの術か!』

 僧兵の叫びと、刀が激しくぶつかり合う音が響き合う。

 しばし後。

 煙がだんだんと晴れていく中、そこには僧兵たちの死体が転がっていた。 

 三人の姿はすでにそこにはなかった――

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