吉原への招待
三人は夜の吉原にいた。
統秀は地味な着流し。多鶴は若旗本のなり。そして平左は普段の黒羽織の同心姿である。
奇妙な三人組ではあるが、誰も彼らに注目するものはいない。
ここでは、夢を見るのが目的なのだ。
一年間金をためて、遊女と遊びに来る職人。
なじみの花魁に店の金を使い込む大店の若旦那。
誰も路傍の三人組の男に注意を払うことなどない。
「そういう場所であれば、いろいろ闇々なこともしやすかろう」
編み笠を深くかぶり、統秀がそうつぶやく。
「調べではなぜか吉原だけは『狐茶屋』が存在しませぬ。天竺屋が一番の悪所を見逃すとも思えませんからなぁ」
平左がにやにやと報告する。
そんな平左を無視して、男装の多鶴は懐から懐紙を取り出し広げる。
『蘭癖高家さま
吉原、伊の八にてお待ちしております。明日の宵。いろいろ相談あり。
天竺屋徳兵衛』
そこには達筆な文字でそう書かれていた。
「果たし状――のようなものなのか」
多鶴はそれを丁寧にまた、懐にしまう。
「ここです」
平左は一軒の遊郭を指さす。
さほど大きくはない。『伊の八』という看板がかかっていた。
門番に仔細を含める。
『蘭癖高家である』
と一言。
通常であれば遊女と遊ぶ算段が説明されるところであるが、三人ともに奥の部屋へ通される。
「腰のものは」
多鶴がそう案内人に問う。こういう場所では入り口で刀を預けるのが法度である。そのくらいのことは女の多鶴でも知っていることであった。
案内人は首を振る。
「主人は、そのままでかまわないとのおおせです」
案内人の言葉遣いと、身のこなしに違和感を感じる多鶴。
到底、町人のふるまいとは感じられぬけれんみがあったからである。
右に左に数枚の襖を潜り抜け、方向感覚が分からなくなる。
まるで迷路のような遊郭ですな、と平左がつぶやく。
「こちらでお待ちでございます。わが当主『天竺屋徳兵衛』が」
そういうと一礼して案内人は闇に姿を消す。
目の前には――襖ではなく大きな木の扉が立ちふさがっていた。
閂は外され、押せば開くようである。
「いかがなさいますか」
多鶴が腰のものに手をかけながら統秀に問う。
「ここで帰るわけにもいかまい。罠、にしてはあからさますぎる。相手の出方に乗ってみるのも一つの策であろう」
統秀の言葉に平左はうなずく。
ぐっと、木の扉を押す。
思ったよりも軽く、きぃという音とともに扉は開く。
平左が先頭を。背後を多鶴が固める体で、統秀はその中へと入っていく。
暗い。
足元は畳ではなく木の床のようだ。
三人の足音だけが、闇に響く。
その次の瞬間――光が爆発する。
まるで三人の来訪を歓迎するように――




