徳兵衛の朝
天竺屋徳兵衛は目を覚ます。
黄金の天井が目に入る。狩野派のような画風でいくつも虎がそこには描かれていた。
すっと体を横にする。
一段高いところにある彼の布団。それも絹であり、中の羽は孔雀のものであった。
「だれぞ」
一言そう告げる。
数秒後、しずしずと小姓のなりをした少年が裃で現れる。
到底、商家の主人のものとは思えない寝室であった。
小姓たちが徳兵衛の身なりを整える。
褌を締めるのも彼らの仕事であった。
小袖の上に胴服を羽織る徳兵衛。その身なりはまるで、戦国の武将のようにも見えた。金糸があしらわれ、とうてい江戸の一商人が着るものではない。
彼の生活自体が『狐茶屋』のそれであった。
最近は戦国の時代、太閤秀吉の生活を模範としていた。
奥御殿の上段の間模したような、一室。一段高いところに徳兵衛はずっかと座り、そばには刀を奉じた小姓が座る。
髷は茶筅にして、総髪。普段温厚に見える徳兵衛が、戦国大名のようにも見えた。
「この世はすべて幻である」
朝から酒を嗜む徳兵衛。はっ、と小姓が頷く。
「すべて人間は何かしらの『役』を演じておるに過ぎない。それは、侍であったり僧侶であったり、農民であったり商人であったり......」
徳兵衛の目が赤い。燃えるような赤。それは何かを憎悪しているような――
「われは、それを皆に知らしめたく思うておる」
小姓が再び頷く。その腰に手を回す徳兵衛。声が漏れる。それは明らかに女性のものであった。
「『狐茶屋』によって、人は夢を見ることができる。 太閤でも大権現でも望みのものに化けることができる」
小姓を抱き寄せる徳兵衛。男装した小姓がそっと徳兵衛の首に手を回す。
「『阿片』、あれも素晴らしき妙薬だ。あれを吸えば、より夢が現実的に感じることができる。あのなまぐさ坊主は好かんが、寺の力というのはすごいものだ。海の向こうの品をこれほど簡単に手に入れられるとは」
まるで独り言のように言葉を徳兵衛は続ける。
酒を再び煽る徳兵衛。
はあ、と白い荒い息を吐き出す。
「『蘭癖高家』か。あれも、なかなかの役者らしい。どうも私のことを調べておるようだが」
「調べたところ」
男装した小姓が女の声でそう答える。
「町方を使って調べておるようです。老中白河さまともご昵懇の仲とかで。先程、失脚し亡くなられた前の目付高山主膳乗元さまと何かあったらしいとのことで」
女の小姓はそう説明する。どこから手に入れたかわからない情報ではあったが、内容は正鵠を射ていた。
「いっそのこと、仲間に引き入れるか」
徳兵衛は天井を見ながらそう呟く。
小姓はただ、目を閉じて一つ頷くだけであった――




