『天竺宗』と阿片
広い板の間。
寺であればどうやら本堂らしい。
しかし、本尊らしき仏壇もない。仏様もない。
床の上にはいくつもの見慣れない木箱が重ねられていた。
由吉はその一つにそっと近づく。
『Opium』という見慣れない文字が書かれている。南蛮か、天竺の文字だろうか。寺ということもあり梵字なのかもしれない。
口が空いている箱を、覗き込む由吉。
油紙で包まれた板のようなものがいくつも積まれていた。
それを手に取る。
それほど重くはない。なにか白い粉を固めたもののようであった。
「何者か!」
板の間に響き渡る大声。
由吉はとっさにその塊を懐に入れて、広間を飛び出す。
一目散に、先程乗ってきた船を目指して――
「鼠が入ったようだな」
体格と身なりの良い僧が、尋ねる。
眼の前にはかの天竺屋徳兵衛の姿。そしてまたその後ろには武器を持った僧たちの姿。
「申し訳ございません。うちの使用人のようで」
「なにやら、あの『品』を探っていたようだが。公儀のものではあるまいな」
先程の僧がそう威厳のある声で問う。他の僧たちはその声に震え上がるが、徳兵衛は焦らず答える。
「すでに追手を遣わしました。間違いなく息の根を止めることでしょう」
「ならばよいが。これからというときに、邪魔が入ったのでは話にならん」
彫りの深い顔。年の頃は四十前後であろうか。高僧、というよりは戦国時代の武将と言ったほうがしっくり来るかもしれない風貌である。
「冽海大師、何事もご心配なく。全てはこの天竺屋にお任せください。仏の世も近いかと思います。冽海大師がこの汚れた世界に、極楽浄土をもたらす日も」
そう言うと、一同はははぁとかしこまり頭を垂れる。
満足そうにそれを見つめる冽海大師。
「そうであるな。愚かな民に平穏を与えるためにもやらねばならぬ。まずは、大麻を。そしてその上はこの――」
そう言いながら冽海大師は箱の中の一塊をむんずと掴み、天に掲げる。
「仏の本地、天竺より賜れし妙薬『阿片』をこの世に広め、与楽抜苦の救済をせねばならぬ。念仏も真言も役に立たぬ。わしが興した『天竺宗』、これのみがこの乱れた世を救う教えなのじゃ」
そういながら、その塊を恭しく僧の一人に手渡す。
僧はそれを受取り、小さく切り分け皆に渡す。
煙管を取り出し、皆それに火を付ける。
阿片――それは強力な麻薬。
広間には阿片の紫煙が広がり、まるで浄土の川の上を行くような心持ちに皆は誘われる。
ただ一人、天竺屋徳兵衛を覗いては。




