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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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天竺屋徳兵衛

 江戸は湊の街である。江戸湾を経由した廻船は河岸のそばに係留し、小舟で河岸に荷物を運ぶ。このような場所を江戸湊とよんでいた。それは一箇所にとどまらず、川沿いに百も二百も存在しその喧騒たるや尋常ではない。

 江戸は当時世界で最大の都市である。

 ヨーロッパにおいてもこれほどの規模をほこる町はない。

 大英帝国の首都ロンドンでさえ、人口は江戸に届かない。おおよそ人口にして百万人。その生活を支えるのが、これらの湊であった。

「これは、天竺屋様。わざわざ河岸にお出ましとは」

 積み下ろしの指示をしていた男が、そう頭を下げる。天竺屋と呼ばれた若い男は、いえいえと恐縮する。

 落ち着いた色の羽織。絹ではないが、しっかりとした身なりの展示やと呼ばれた男はあたりを見回す。

 ここに運ばれてくる品物はすべて、彼のものであった。

「最近は酒の需要が増えてきまして......下りものを大量に斡旋していただけるおかげで江戸の料理屋も助かっております」

 そのような褒めに、静かに頷く天竺屋。

 彼は今をときめく江戸の大廻船問屋、天竺屋徳兵衛であった。

 当時、上方の酒を主に運ぶ船を樽廻船と呼んでいた。樽の余剰部分には小間物を積みそれを江戸でさばく。江戸の購買力は尋常ではない。飛ぶように天竺屋の商品は売れていった。

「天竺屋さまの、商売方法にはみな舌を巻いております。おかげで我らも安全に設けることができる言うわけで......」

 天竺屋の商売には特徴があった。

 仲卸を通さずに、直接小売に品物を下ろす。

 つまり、天竺屋が運んできた品物は直接料理屋や市井の酒屋に運ばれるのだ。

 さらに、支払いも変わっていた。

 手形を取るわけでもなく、売れ次第現金で納めるといったふうである。

 これは小売としては嬉しい限りである。

 売れなければ、余計な金を払う必要はない。ただ、そのかわりに天竺屋の派遣する『使用人』を受け入れる必要があった。

 しかも、その給金はただである。

 この仕組みは江戸の商業に浸透しつつあり、流通革命とも呼べる状況が生み出されていた。

 天竺屋徳兵衛。

 彼の出自は一切知られるところではなかった。

 ただ、上方の出身ということだけだその雰囲気から察せれた。

 夜。

 湊に面した蔵の一つに天竺屋徳兵衛と番頭が、こっそりと訪れる。

 酒の樽を指差す天竺屋徳兵衛。

 提灯を上げ、番頭はその酒樽の蓋をそっとずらす。

 味噌の樽。

 しかし番頭はその味噌に手をつっこみ、持ち上げる。

 二重蓋――

 その下から現れたのは――先日、狐茶屋より統秀が持ち帰った『麻の煙草』であった―― 

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