麻の煙草
宴は夜を徹して続けられた。
料理もなかなかのものである。酒も上物だ。
しかし――
(この程度のお遊びで、江戸の大尽が満足するものだろうか)
統秀は足を崩しながら、そう考えた。確かに豪勢であるが、大金を積んで何度も繰り返ししたいほどのお遊びとも思えない。
そして、あの書付には老若男女数多くの名前が記されていた。
このお遊びのさらなる魅力とは――
そんな統秀の心を読んでか、平左が語りかける。
「蘭癖さま。そろそろ出る頃合いです。この遊びを更に盛り上げる『あるもの』が」
予言の如き平左の勘。
目の間には煙草盆が差し出される。
珍しくもないもてなしである。
「こちらは唐土の煙草にて、効きが高うございます。どうぞお味見を」
煙管を統秀が持ち上げる。煙草の草をそれに詰めようとするが、なにかおかしい。見たこともない色の煙草の葉。それを詰める。
「......」
後ろ手に平左がそっと統秀の背を叩く。その手には別の煙管が握られていた。
見えないようにそっと、今持っている煙管を後ろに回し交換する。
平左に渡された煙管に火を付ける。
これは普通の煙草である。
「いかがですか、こう、体が楽になりませんか?」
うむ、と煙草盆を運んできた幇間に統秀が答える。
周りの者達も同じように煙草を吸う。
数刻も立たぬうちに、床に転がるものもあらわれる。
トロンとした表情で、酒をだらしなく飲むものも。
目配せする、統秀。
平左は頷く。
手に入れた煙管の中にある『煙草』がこの原因であることを確信して――
二人は宿を朝に発つ。
この段階で宿のものを捕まえても、この問題の本質まではたどり着くのは無理そうだったからだ。
手に入れた『煙草』、これをまずは調べないといけない。
「これは、麻の葉を煙草にしたものでございますな」
統秀の親しい本草学者が持ち帰った『煙草』を見て、そう断じる。
「麻か。それほどめずらしいものでもないな」
麻は三草の一つで、その繊維は布を織るのに使われる。
「聞いたことがあります」
本草学者が言葉を挟む。
「ある村で麻の葉を揚げて食べたら、食べた人々が我を失い乱痴気騒ぎを起こしたとか。麻の葉は心を惑わす毒ということで食用にはなっておりません」
「アヘン、みたいなものか」
本属学者も聞いたことない言葉を統秀はつぶやく。
統秀は知っていた。英吉利よりもたらされた情報の一つ。東インド会社が清国に輸出を開始した禁制品。それがアヘンであった。
「これは大変なことになるぞ」
統秀の言葉にさすがの平左も言葉を失う。
この国を揺さぶる、一大事を前にして――




