赤井戸修理の成敗
ちょーんと拍子木がなる。
舞台、というべきだろうか。一段高いところに『蘭癖高家』役の統秀が立ち、その下座に『家老』役の平左が控える。
別な襖が開き、町人らしき格好の数名の男女が現れる。
「ああ、あれは『蘭癖高家』様ではないか」
「二千石の大殿様だ。貫禄が違うわねぇ」
そう言いながら、手に酒や料理を持ち運び始める男女。
「蘭癖さま。どうかご一献」
そう言いながらまるで幇間のような男たちが、統秀の手に酒坏を握らせ酒をつぐ。
三味線がなる。
それに合わせて別な襖が開き、艶やかな格好をした女性が数人踊りながら現れる。
「本日は、蘭癖さまのお花見。どうかごゆるりと。ささ、家老様の方も」
平左がニヤニヤしながら酒をつがせる。
本物が偽物のふりをして、よくわからない猿芝居につきあう。
「悪趣味であるな」
そんな平左を統秀がたしなめる。
「いえ、『蘭癖』さま。これはなかなかおもしろい趣向でございますな。私も――」
くっと酒坏を開けながら平左は続ける。
「色々仕事がら、変装することはあります。あくまで仕事目的ではあるものの、女性になる老人になる侍になる――そういう時分とは別な存在になりきってまわりからもそう見られているというのはなんとも――たまらない」
青白い平左の顔が少しゆがむ。
統秀はじっとその顔を見つめる。
「ましてや普段、軽んじられているものがそれ殿さまやれ家老さまなどと持ち上げられたらそれは、嬉しいでしょうなぁ」
「なるほど」
酒坏を置く統秀。
「このご時世、そういう気分が人々の間で求められているということか。それを満たしてくれるのが『狐茶屋』のこの遊びというわけか」
頷くことなく、平左は目を閉じる。
「やいやい!ここは直臣旗本四千石が大身、赤井戸修理さまの一行であるぞ!そこをどけ!」
突然響き渡る大きな声。芝居の侍のなりをした二名の男性がそう統秀らに難癖をつける。
その後ろには金ピカの羽織を羽織る、太った男性。
なるほど。
これが『悪旗本』というわけである。
例の一件、高山主膳乗元とのことはきつく秘せられている。
幕府の重臣が反乱を企てたなど、民に知られてはいけないことなのだ。
しかし、民衆は敏感である。
『高山主膳が死んだ。どうやら蘭癖さまと揉めたらしい』
そのあたりから、この筋書きを考えたというわけであろう。
「異国のなりをする不埒者め。この赤井戸修理さまが成敗してくれる!」
そう言いながら竹光の刀を抜く男。
統秀はすっと、身を交わす。
大げさに転げる偽旗本。
「おのれ!おぼえておけよ!」
捨て台詞を吐き、三人は奥の部屋へと消えていく。
統秀は懐を探る。
一分銀だか、一朱かはわからぬがそれを掴み畳に放り投げる。
それに飛びつく幇間たち。
統秀は見たくなったのだ。この猿芝居が最後どのようなところに行き着くのかを――




