品川宿
品川宿は東海道第一の宿町である。
旅籠屋が軒を連ね、人の往来も大したものである。
夕方になると、それはまた賑やかなものであった。
この時代品川は海に面しており、海苔の養殖が有名である。
そればかりではなく、周辺の村々も蕪や葱、南瓜などいわゆる江戸野菜の産地として知られていた。
新鮮な食材が手に入りやすいということで、店で出す食事はすこぶる評判が良い。
そこに目をつけたのが、食売旅籠屋や水茶屋である。泊り客には美味しいものを食べさせる。それに満足したら次は遊郭として夜の楽しみを提供するのであった。多くの飯盛女がを抱え、岡場所としてこの時代の品川は栄えていた。
二人の武士が道を行く。背が低いほうが主人らしい。身なりもよく、それなりの旗本かもしくは参勤交代で江戸に来ているどこぞの家中のそれなりの身分の侍に見えた。
一方もうひとりは背は高いが、質素な身なりで深く笠を被っている。
護衛、であろうか。家臣というにはなにか異質なものが感じられた。髪も総髪であり、背中にだらんと長い髪がぶら下がっていた。
「お武家様、本日のお宿はお決まりですか」
客引き、だろうか。二人が手持ち無沙汰な様子を見て気を利かしたらしい。
「うむ、もう少し旅程が進むと思っていたが思いの外滞った。この宿にて休みたいが、主おすすめはあるか」
主人らしい侍がそう問う。
客引きはその侍の容姿を見つめて驚く。
最初の印象とは異なり若い――のだがなにか異様な感じがした。顔は青く、下手に整っているがために逆に気味悪さを感じさせた。
「そりゃあ......もう。うちの宿なら間違いありません。少々値段ははりますが、お武家様のようなお客様でしたら大したことはないかと」
ふむ、と考える素振りを見せる侍。
あたりを伺い、客引きはそっと耳打ちする。
「食べ物が美味いのは当然ですが、それ以外のお楽しみも......ご存知ですか?今江戸市中で流行っております『狐茶屋』、うちもそのような手はずがございます」
侍は無言で頷く。
(......よし!)
客引きは心のなかで叫ぶ。
『狐茶屋』
店で最近取り入れた新しい『お遊び』である。最初は胡散臭いと思っていたが、導入した途端これはと思うほどの盛況ぶりである。
二人を店まで丁寧に誘導する客引き。
そこには『旅籠指し川』の看板が掲げられていた。
玄関で足を洗い、奥の方の部屋に通される二人。
旅籠というよりは、料理屋いや遊郭の趣すらある。
使われている柱や畳もなかなかのものであった。
ゆっくりと障子が開く。
まだ日が暮れきっていない、夕方のことであった――




