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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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平左の調べ

 再び『狐茶屋』の情報集めが始まる。

 多鶴は面が割れているということで、主に平左がその役目を担うこととなった。

「なかなかこれは、まずいことになりそうですなぁ」

 昼時。

 板の間で蕎麦をたぐる平左。その向かいには着流しの統秀が同じように蕎麦をたぐる。

 統秀の素顔を知っているものはほとんどいない。ましてやこの様な質素な形をしていればまさか高級旗本、それも下手な大名よりも官位が上の高家の殿様とは思いもよらないことであろう。

「いえ、色々調べたのですが......『狐茶屋』なるお遊び、結構な広がりを見せているようで」

 平左はちろりを手に、統秀の猪口にそっと酒をつぎながら説明を始める。

「江戸の多くの遊び茶屋で似たようなことをやっていました。規模は色々あるものの、基本的なお遊びの決まりは同じ」

 空になったざるを目の前に、さらに平左は話を続ける。

「お客の希望に合わせて、さまざまな衣装を茶屋の方で用意しておく。事前に予約がなくても大概の衣装は持っているようです。紋付袴から衣冠束帯、さらには漁師やマタギの服装に至るまで――」

「もしかしたら公方様の衣装もあるのかもな」

 くすっと笑いながら統秀は合いの手を入れる。

「まあ、不敬ではありますが多分あるのでしょうな。そして遊女や幇間たちの衣装も。客が公方様であれば、遊女は大奥の女中の格好でありましょう。幇間は御老中や側用人の方々の――おっと、これは私のほうが不敬ですな」

 なにやら茶屋の建物自体も凝っているらしい。三つの間を襖を外してつなげ、それをお遊びの『舞台』とするらしかった。

「けっして暇を持て余した裕福な町人の酔狂というわけではなく――」

 懐から書付を取り出す平左。そっと手のひらの上でその紙を開き、統秀に見せる。

 そこに書いてある名前。有名な商人の旦那の名前もあれば、明らかに幕臣と思われる名前の者も入る。中には坊主、学者はては女性の名前も――

「白河殿が見たらどう思われるだろうか」

 統秀はふと老中松平定信の名前を出す。

 世は寛政の改革が始まりを迎えつつある。質素倹約、風俗刷新。後年評されるよりは現実的な改革者である定信だが、このような不健全極まりない遊びをほうっておくとは思えない。

「捨ててはおけんか」

 平左が頷く。

「なればこそ、手はずは整っております。こういうものは百聞は一見にしかずとも――」

 統秀は無言でじっと平左の方を見つめる。

「実際に、体験してみよ。というのだな」

 平左はすこし笑みを漏らしながらゆっくりと頷いた。

 二人が『狐茶屋』を訪れたのはその二日後のことであった――

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