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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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多鶴の報告

 無言で川吉の説明に聞き入る多鶴。

 なんとも得体のしれない話であるが、ゆっくりと頭の中でその言葉を解していく。

「つまり、現実のこの茶屋で芝居をせよということか」

 あら、と川吉は手を打つ。

「そのとおり、さすがはお武家様飲み込みが早いでございます」

「そんなことをして、何が楽しいのだ」

 川吉の話をまとめてみると、希望の役どころの衣装を客が着る。

 それに合わせて芸者や幇間たちも同じような衣装を羽織り、芝居を行うというものであった。

「みなさん、最初は不思議に思うもんですよ。そんなお遊び何が楽しいのかと」

 すっと立ち上がり、川吉はしなをつくる。

 色を利かした目で多鶴を見下ろしながら、言葉を漏らす。

「この世は苦海、一切皆苦の夢のない世界でありんす。わちきのような遊女は当然ですが、みなみなさまも多かれ少なかれお苦しみのようでして――」

 そういいながらくるりと回る。まるで舞を舞うように。

「お武家様も、この世が嫌になったことはございませんか?お若いとは立派なお形。おつとめやお家のことで少なからずお疲れではございませんか?そんな時――別な存在になりたいと思ったことは?お役目から全て解放され、別な人間として楽しく生きてみたいとはお思いになりませんか――」

 扇を出して口元を川吉はそっと隠す。その間から艶めかしい笑みを漏らしながら――


「それで、多鶴殿は」

 眼の前には着流し姿の統秀が酒坏を手に、胡座をかいて座っていた。

 下座には黒羽織りの男。『にわたずみ同心』こと平左の姿があった。

 あと一人は当然多鶴の姿。

 三人が一個の鍋を囲み酒を酌み交わしていた。

 高家、の夕餉としてはあまりにざっくばらんなものである。

 それもこの三人の関係ならではあろうか。公的な君臣関係は当然ないが、むしろそれ以上の関係性が構築されつつあった。先日の高山主膳の騒動を経て――

「残念ながらそれ以上は踏み込むことができませんでした。『狐茶屋』の言う通りに衣装を着替えれば、女であることがバレてしまいますので」

 そう正座で報告する多鶴。

 それを横目によく煮えた牡丹肉を口に運ぶ平左。渋い八丁味噌の風味が口の中に広がる。

 統秀は無言で頷く。

「なにか、平穏ならざる流行と思い統秀さまに報告せねばと......仔細を調べられなかったのは無念でありますが」

 うん、と統秀は首をふる。

 統秀は江戸の情報を集めていた。それは東照大権現の下した遺命に従うことでもあった。紅毛の知識を保存しつつ、 それを悪用するものを見張るという――

 国は閉ざされど、情報は何処から漏れるものである。

 なればこそ、先進的な紅毛の知識で悪事を働こうとするものも出てくることは当然のことであった――

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