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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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袋の中の統秀

 夕は過ぎ、しっとりとした秋の夜風が川面を滑る。

 江戸は川の町である。隅田川を動脈とするならば、それに連なる大小の川や堀が縦横無尽に交わりあい、江戸の物流を支えている。

 佐賀町を貫くように走る油堀のはずれに、数艘の屋形船が身を寄せていた。珍しいことではない。このあたりは夕暮れ時から人目をはばかるように、屋形船がいつも浮かんでいるのである。

「あれか――」

 草むらに隠れた侍が、太い指で一艘の屋形船を指す。障子越しにぼんやりと見える、行灯の明かり。目をこすりながらもう一度侍は確認する。

「間違いない。昼間からみはらせている。普段のなりとは違っていたが、明らかに『蘭癖』が乗り込んだところをおさえた」

 旗本の子弟たちは五人。二人が川岸の草むらに隠れ、あと三人は別な屋形船で待機している。

 高山主膳の手下たちは独断でこの策を練ったのである。

 紗夜姫にお願いし、蘭癖こと統秀をおびき出す罠を張ってもらう。

『以前の妾にとのご返事したく、油掘の屋形船にてお待ちしております。時間は――』

 まさにこの時。指定された屋形船に一人赴いた統秀。

 袋中の鼠であればいかに統秀が手練であったとしても、恐れることはない。

 人数で囲んで、押し殺せばあっという間の出来事であろう。

「破廉恥な欲望の結果、『蘭癖』めが首を取られて川に死体が浮かぶ――さぞかし江戸の話題になろうぞ」

 そうすれば失墜した主君――高山主膳の評判も上がることであろう。ただそれを自分たちの手柄にしたい、それが五人だけの暗殺計画の動機であった。

 さらに、五人は念には念を入れる。

 紗夜姫にお願いして、統秀に会うように仕向けたのだ。

 女が同席とあれば、刀も外すであろう。注意も散漫になるに違いない。完璧を期する、会心の策略であった。

 小舟に揺られる少女の姿。背に大きなちりめんの布をかぶっているが、間違いない紗夜姫である。ゆっくりと統秀の船に船頭の手を借りて乗り込む。姫のなんとも足元のおぼつかなさが、逆に侍たちの気持ちを高揚させた。

『悪逆非道の高家から姫を助け、討ち取るはこれ天誅なり!』

 刀に手をかける侍たち。

 統秀の船を囲むように二艘の屋形船が横につける。槍を構える一人の侍。人影で統秀の場所は大体察することができた。

 頭目らしき侍が静かに右手を上げる。

 合図である。

 まずは槍の一献。

 そして障子を押し倒し、紗夜姫を助けるとともに統秀にとどめを刺す。気取られぬように息を止める五人。

 二人の影が少し離れたその間合いをはかり――右手がゆっくりと振り下ろされた。

 

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