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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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『阿蘭陀』宴

 統秀は相模屋から預かった書状をその場で開く。あえて視線を外す、相模屋。あたりを見回す。いつ来てもこの部屋は飽きることがない。唐中国のものとも違う花瓶。見たことのない動物の剥製。さらには蝦夷錦のような色合いの裾が長い陣羽織など。

 統秀が『蘭癖』とよばれるゆえんである。

 一方、統秀は書状に記された細かい数字を目で追う。

 僅かな時間の後、うなずくと相模屋の方を見やる。

「いつもながら、抜けはないな。素晴らしい統計だ」

 その褒めに無言でうなずく相模屋。

「ここのところ、諸色やや落ち着きを見せております。ただ、蝋燭や油などには値にやや乱れが見えるかとも」

 相模屋は駿河町に店を構える両替商である。大店ではないが、江戸の中小の商い問屋に繋がりがあり、その情報力は尋常ではない。その主が統秀の眼の前にいる中年男性、相模屋塀六左衛門であった。

 相模屋が差し出した書状は、ここ数週間の諸色――すなわち米を始めとした諸物価をまとめたものである。この作業は定期的に、定常的に行われていた。

 当然、なかなかの仕事である。しかし相模屋はさして気にもかけていないようだった。

「なにか所望なものはないか」

 一通り目を通した統秀は総髪の長い前髪をかき分けるとそう、申しでる。

 そっと右手の平を統秀に向ける相模屋。

「普段より十分に報いて頂いております。これ以上は過分と――」

「欲のないことだ。そうだな――今日がその日だったか」

 統秀は振り返る。機械仕掛けの時計を確認しながら、相模屋に誘いをかける。

「本日これより、ちょっとした集まりがあってな。なに、内々の集まりだ。それなりに酒肴も用意させてある。伴にいかがか」

 断ってはかえって失礼。即座にその誘いを相模屋は受ける。

 小半刻もせずに屋敷の前に駕籠が二つ並ぶ。統秀は頭巾をかぶり、駕籠の中に身を預ける。

 二人をのせた駕籠は程なくして三十間堀の寮に到着する。

 すでに日は沈み、玄関には提灯がゆらゆらと明かりをともしていた。

 身軽な統秀。黒い羽織を背負い、腰には二本。しかし相模屋以外の伴はいない。

 いつものことである。大身の旗本でありながら、統秀は一人で行動することが常であった。さして不用心でもない。相模屋もそのことをよく知っているので、さして気にしているようでもなかった。

 寮の使用人に名を告げる統秀。一言『蘭癖』である、と述べただけだが。

 長い廊下を渡り、奥の部屋に通される二人。

 その襖を開けると――そこには大きな机と、行く人かの男性が待ち構えていた。

「これはこれは『蘭癖』さま。お待ちしておりました」

 禿頭のふくよかな男性が代表して挨拶をする。統秀はそれに答えるように、すっと頭巾を脱ぎはなった――

 

 

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