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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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静かなる乗元

 無事、奉納も終わり統秀は屋敷での平穏な日々を過ごしていた。

 殿中における抜刀の事故も、統秀の機転による『無抜』によりお構いなしとなり朝廷の使者からはお礼の言葉までいただく所存であった。

 一方、高山乗元の状況は苦しいものがあった。以下に一橋の後ろ盾があろうとも、あのような場でさかしい振る舞いをしでかした仔細のほどは、その日のうちに城中に広まることとなった。それまでもあまり評判の良い人物ではない。これを機会にお役を免じては――などと密かにつぶやくものもいた。

 一方、統秀は乗元からの悪意からようやく開放された生活を送っていた。

 たまに『蘭癖』の格好で日本橋あたりを練り歩く統秀。当然、平左や多鶴も密かに統秀の周りを警護しつつ。

「高山主膳の配下の姿は見当たりません」

 床に座し、統秀の淹れた茶を飲む多鶴。茶碗の中身は抹茶ではなく、オレンジ色に透き通った茶であった。『紅茶』と呼ぶことを多鶴は統秀より学んでいた。南蛮の茶を発酵させて作る飲み物であると。味は奥行き深く、飲むとなぜか心が落ち着きまた澄み渡るのを感じた。

「この程度で諦めるような御仁とも思えぬが――」

 茶を楽しみながら統秀がそうつぶやく。

「なんでも、目付より小普請組奉行並取締佐役へのお役替えとなるらしいとか。もっぱらの噂です」

 小普請組といえばほとんど無役の旗本の左遷先である。とても出世を強く望む乗元が納得するはずもない人事であった。

「定信どのであろうな。さすがに堪忍袋の緒が切れたか」

「高山主膳は自ら屋敷にこもり、自ら謹慎の意を表しているとか」

 不審そうに多鶴が報告する。乗元の殊勝さが、逆に不気味さすら感じさせた。

「統秀さまに仕返しを考えているとしか、思われません。何卒、ご用心のほど――」

 多鶴がそう言いかけた時、一人の武士が部屋に入ってくる。

「おお、平左か。待っておった」

 平左をねぎらう統秀。なぜか多鶴は機嫌が悪くなる。

 どうもこの気持ちの悪い同心を多鶴は好きになれなかった。

 多鶴に銃の使い方を特訓してくれたのはこの平左である。その指導も頷くばかりであり、また十手の腕も尋常ではない。統秀が厚い信頼をおく『家臣』で有ることも重々承知していた。

 しかし、なにかこう、解せぬのである。言葉にはできぬが、なにかこう――

「高山主膳を探る必要があろう」

 統秀のことばにハッとする多鶴。平左がニヤニヤしながらあごに手を伸ばす。

「一つ調べてみますかね。とっても裏がありそうでさぁ」

「多鶴も手を貸してくれるか。平左とともに捜査に参加してほしい」

 無言でうなずく多鶴。平左を見やるとまたニヤニヤとした顔がそこにあった――


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