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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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鯉口三寸

 粛々と儀式は続く。お互いの口上の述べ合いに始まり、供物の交換そして一橋家当主を代理して家宰の者による収受の儀式。それらはすべて滞りなく、そして古式の故実に則ったものである。普段は東国の武士を心のなかでは田舎者と嘲る公家衆も、統秀のあまりの優雅な振る舞いに心奪われていた。

(このような儀式のできるものは、京の貴人にもそうそうおらせますまい。如何に高家とはいえ、武士に生まれたりしをああ、残念とおもうばかりじゃ)

 使者は流し目で統秀のとりしきりをそっと見守っていた。

 乗元はこれで諦める男ではない。

 じっと機会を伺う乗元。絶対なにか、不用意があるはずだ。過去一度も行われていない奉納の儀であれば必ず何処かに醜態をさらす、いや醜態をさらさせることができる一穴が――

 その時がやってくる。

 一通りの儀式を終え、いよいよ太刀が使者の手から統秀に手渡される段である。

 厳かに太刀を両手で掲げ、それを統秀の前に差し出す。それを儀礼に則った形で統秀が受け取ろうとした瞬間――それが起きた。

 あろうことか、太刀はおのずから鯉口を切りするりと畳の上にその刀身を預けたのであった。

 ありえない話である。

 勝手に刀が抜けるなどということは、普段においてもそうそうある話ではない。

 ましてやほとんど抜刀されていない儀礼刀が自ら抜けるなどということは――

 一同、あまりの出来事に動きが止まる。

 おろおろする使者。統秀はその体勢のまま、何かを思案しているようにも見えた。

「これは、したり!」

 大広間に響き渡る大声。

 下座に座していた乗元の声である。

「この重要な儀式においてかような失態を晒すとは!饗応役の高家どの不手際にござる。ましてここは殿中、鯉口三寸抜けば御家断絶ということもご存知であろう。さあ、如何にこの不始末の責任をとられるか!答えませい!」

 通常ならばこの場でけっして発言などを認められるほど、乗元は高位にあるわけではない。しかし、このような不手際があったとなれば、正論正義を述べたものが場の優先権を獲得する。

 老中松平定信は何も言わず、ただ統秀を見つめていた。

 おろおろするだけの使者を前に、ゆっくりと統秀は立ち上がる。

 くるりと向きを変え、太刀を拾い上げると二度それを天井に掲げ、そしてゆっくりと鞘に納める。ゆっくりと、それはまるで何かの儀式のようにも感じられた。

 使者の表情が変わる。先程まで真っ青だった使者の表情に安堵の色が現れ始める。そして深々と頭を下げる使者。それは今までにないような深い礼で――

「これにて儀式を終了させていただく、まことに――」

「待てい!」

 統秀の言葉を遮る乗元。この不手際を彼は声たかだかに弾劾するために――

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