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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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一橋の太刀

 江戸城は広い。大名たちの伺候席とは別に高級幕臣が居並ぶ芙蓉之間席がある。高山乗元はその部屋に入ることをいまだ許されない。高級旗本といえども、そのお役目を得ないことには立ち入りを許されなかった。

 それも、もう目前である。

 『蘭癖高家』を失脚させ、そして次は優柔不断な松平定信をも追い落とす。自分が町奉行なり大目付から老中に出世する青写真は頭の中にすでに完成した。

 そのための大事な一日である。

 目付部屋で裃を正す乗元。

 本日は『有職故実』に則った儀式が行われる。

 京の朝廷より一本の太刀が奉納される。奉納先は一橋家の祖霊舎であった。一橋家が始祖されてよりわずか半世紀。今、その家から将軍が選ばれ、その権勢は揺るぎないものとなりつつある。徳川本家とは違った形で今後も興隆を望んだ当主一橋治済はあることを画策した。朝廷からの太刀の奉納により、家の権威をより高きものにしようと考えたのである。

 ある五摂家で厳物造太刀が見つかった。いわくはよく知れぬが、見立てるになかなかの名刀であり鎌倉の作らしい。銘もなかなかのもので、なぜ家に保管されていたかは分からず困った当主は天皇へそれを献上する。

 天皇としても困りどころである。今どき太刀、それも武家拵えのものを貰ってもしょうがない。金銭に替えようと思っても、価値は高いが値段がつきにくい種類のものであった。

 そこで、一橋家への奉納を決めた。

 天皇からではなく、一寺社からの奉納という形をとって幕府に打診してきたのだ。これで幕府の覚えが少しでも良くなれば、朝廷の待遇も良くなるという、極めて打算的な発送の結果であった。

 幕府側は最初難色を示す。将軍が朝廷から太刀を受けるというのも、今更である。合わせて、由緒はありそうだがはっきりとせぬ太刀を受け取るのも理屈に合わない。

 そこで動いたのが一橋家であった。

 家の成立は極めて浅い。その歴史の浅さを朝廷からの鎌倉時代の古き太刀によって、威光をつけることができる。

 無論反対するものもいたが、そこは将軍の父親の力である。

 受け取りは順調になされ、一橋家の祖霊舎に収められる算段と相成った。

 その際に、『有職故実』に則った儀式が必要になるのは当然である。

 そのような儀式のために高家が存在し、彼らはそれに関する知識を身につけていた。

 ならば――『蘭癖高家』めに、その大役を務めさせようではないか。

 乗元はそう考える。

 あの蘭癖にそのようなことができるはずもない。あのような奇っ怪な格好で登城することになれば、それを理由にお役御免なり場合によっては改易すら可能であろう。何しろ、一橋家の大事な儀式を台無しにしたとなれば。

 すべては、彼の手のひらの上で物事は進んでいるように思われた――

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