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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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江戸ならざる部屋

 廊下をゆっくりと歩む中年の男性。その前を行く、使用人らしき侍。

 ふと、庭を見やるとこじんまりとはしているが、手入れの良さが感じられる所作が目に入る。

 さして広い屋敷でもない。裕福な御家人、の屋敷という感じだろうか。周りの屋敷の人びともそう思っているに違いない。しかし、男性は知っていた。この屋敷の主が、旗本二千石の大身であることを。

 奥の前に通される男性。腰のものはなく、髷も町人のものである。居住まいを正し、じっと正面の襖を凝視する。昼ではあるが暗い部屋。行灯の光もない。

 襖の奥からなにやら声が聞こえる。そしてすぅっと開く襖。

 それを合図にしたように、頭を下げる男性。

「遠慮ない。入られよ」

 若い男性の声。一拍子おいて、男性はすっと立ち上がると奥の部屋に足を踏み入れる。

 そこは――海の彼方、南蛮の世界であった――


 床には畳が敷かれていない。よく磨き込れたなにやら石の作りのようである。その部屋は二十四畳はあろうか。壁面は白く、なにやら紙が貼られ天井も同じ如しである。窓はないが暗くはない。誕生からまるで蝙蝠のように吊るされた光の塊が、あたりを照らす。

 物怖じもせずにその歩みを進める男性。その先には黒光りする、足が嫌に高い机が待ち構えていた。その机の上には見たことのないような料理が、これまた見たことながないような白い皿にもられていた。数本の瓶には赤い液体がなみなみと注がれていた。

「座るがよかろう」

 先ほどと同じ若い男性の声。中年の男性は自分で椅子を引くと、それにそっと腰を掛ける。

「食事はまだであろうか。よろしくければいかがか」

 静かにうなずく中年男性。

 先程の瓶が傾けられる。机の上に乗っていた足の長い透明なグラスに、赤い飲み物が注がれる。

 その瓶の持ち主――髪は総髪で、長い。背のところでそれを結わえている。それ以上に驚くのはその姿――羽織っているのは長い陣羽織のようなものである。極彩色に染め上げられており、この国のものとは到底思えないようなものである。

「これは、手づから。蘭癖さま、頂戴いたしまする」

 男性の前にすっとグラスが寄せられる。『蘭癖』と呼ばれた若い男は涼しい顔で中年男性がグラスを空けるのを見つめていた。

 『蘭癖』とは江戸時代、西洋の――当時は阿蘭陀オランダが唯一の西洋であるが――学問や風俗にかぶれているものを指す俗語である。西洋かぶれ、という意味でもあるので決して褒め一辺倒の呼び名ではない。

「さて、相模屋。首尾はいかがか」

 そう切り出す『蘭癖』と呼ばれた男性。それに相模屋と呼ばれた男性はうなずき、懐から書状を取り出す。そっと差し出す男性。

 そこには筆で宛名が記されていた。すなわち

『一色左近衛中将統秀さま』

 と。

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