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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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多鶴、襲われる

 大通りを抜け、小路へと至る多鶴。人の気はない。道路敷の戸板の上ではあっと息を吐き吸う。大丈夫だ、ここまでくれば。そう思った次の瞬間――背中に冷たい鉄の感覚。振り向けない。振り向けば多分、それは体を貫くことだろうから――

「宮坂多鶴、さまでございますな」

 高く軽い声。せめて相打ちにしようと柄に手をかける。

「おやめなさい。こちらが早い。手を上げてゆっくりとこちらをむいて――」

 多鶴は身のこなしは早い。言葉のすきを突いて、前に飛び踵を返す。その次の瞬間、刀を抜き払い敵に振りかざす。

 しかし、その刀は空でその動きを止める。

「ほほお、さすがは旗本さまだ。剣はそれなりに使えるご様子」

 男。黒羽織を着た、若い男である。多鶴の刀は十手によって完全に固められていた。振り向きざまの剣戟を簡単に受け止められてのである。

「ま、この程度では話になりませんが」

 くるっと十手を回転させる男。まるで柔道の技のように、刀ごと多鶴は地面に叩きつけられる。

 地面横になりながら男を多鶴は見上げる。

 町方、であろうか。だとしたら自分を殺すために高山乗元が命じた刺客なのか――

「心配なさらずともいいですよ。私はあなたのお味方です。まあ、正しくは『蘭癖』さまの部下、といったほうがご安心召さるでしょうか?」

 十手をしまい、襟を正す男。いやにねちっこいそのさまが多鶴をイラッとさせた。

「......統秀さまの部下......同心ごときが......」

 にゃっと笑みを漏らす男。造作は整っておるのだが、何故か不快感がつきまとうそれもそのはず。

「私、稲富平左衛門直禎と申す南方同心であります。ひとは『にわたずみ同心』などと読んでいるようですが」

 露悪的な物言いに多鶴は表情をこわばらせる。

「まあ、お好きなようにお呼びください。所詮は汚れ役人でございます。お互いの共通の主君である『蘭癖』さまのご命令により、後をつけておりました」

「......」

 多鶴は黙り込む。

「いやいや、べつにあなたを疑っているというわけではなく。私はまだ、こう、信用するまでに至っておりませんが。蘭癖さまはあなたの身を心配しておられます。あの目付の手下がいつあなたをおそうかわからないと。まあ、それを逆に見れば相手の尻尾をつかむ手がかりにもなるかなと。いえ、これは私の考えなのですが」

 実際、この男に不覚をとっている以上自らの力不足は否定できない。統秀の心配も、全くそのとおりの話である。

 自分の身が情けなく感じる多鶴。

 女の身。さらにはその浅慮にて危険を呼び込むも、それを自分で払い除けることすらできないその非力さを―― 

 

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