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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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再び、江戸を行く『蘭癖高家』

 江戸についた多鶴は、まず真っ先に自分の屋敷に向かう。

 そこには多鶴の帰りを待ちわびる使用人と兄の姿があった。また少し、所用ができた旨を使用人にふくめ、しばらくとある旗本のもとに身を寄せることを伝える。

 兄は病床にあった。宮坂家の後嗣にして現在の当主、宮坂幸之進和仲である。

 小さい頃から体が弱く、丈夫な弟の誕生を心待ちにしていたが多鶴の出産の後に母親は死んでしまう。後妻を迎えようか、もしくは養子かという話もある中で父は横死してしまった。

「兄上、しばしまた留守にします。どうかご自愛のほど」

 寝たまま、頷く兄幸之進。怪しむことはなく、ただ自分のために尽くしてくれているであろう妹に感謝しているようだった。

「お前が男であったのなら」

 小康の状態にある時、煎じた薬を飲みながら幸之進は多鶴にそう、問いかけることが多かった。結局は女子の身、兄の代理を完全につとめることができぬことは、多鶴にとってなにより歯がゆいものであった。

 兄にだけは迷惑はかけられぬ――統秀の勧めもあり、多鶴は統秀の屋敷に身を寄せることにした。いつ何時、高山乗元の手先が訪ねてくるかもしれぬ。それならばいっそ、統秀のもとにいたほうが安全であろうという判断であった。

 統秀の屋敷には使用人は僅かである。到底、高家の屋敷とは思えない簡素さであった。

 ある朝、目を覚ます多鶴。目をこする。口に髪の先を含み、身だしを整える。

 廊下に出る多鶴。眩しさに思わず、目を細める。次の瞬間、視界に人影が映し出される。

 庭に立つ、着流し姿の統秀の姿。まだ整えていない総髪が風になびき、黒い幕のように広がる。腕を組みなにか遠くを見つめるその姿は、古代中国の絵画にでも描かれそうな雰囲気であった。

「多鶴どのか」

 統秀が名を呼ぶ。それに小さく答える多鶴。

「本日は『見世』を久しぶりにしたいと思う。共してくれるか」


 両国の道を行く統秀。その周りには物見高い江戸っ子が何重にも囲いをなしていた。

 『蘭癖高家』の格好をして、練り歩く。赤く染めた髪。陣羽織のような上着をまとい下には真っ白な小袖。いずれも針金のように見える大小の刀。民衆が待ち望む統秀の姿であった。

 それを遠巻きに見つめる多鶴。彼女の仕事は統秀を見に来ている人物を見張ることである――つまり高山乗元の手先をである。しそんじた以上、必ずもう一度なにか仕掛けるはずである。さらに、多鶴の姿があれば何より格好の餌として食付に違いない。これは多鶴が自ら望んだものであった。

 雑踏を歩む、多鶴。

 その時、後ろから並ならぬ気配を感じる。それは明らかに、なにかを威圧するような気配を――

 


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