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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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江戸への帰還

「なんといったかな、それ」

 屋敷の縁側に立ち、その庭を眺めながら高山主膳乗元はその名前を思い出そうとする。

「宮坂多鶴というおなごにございます」

 ひざまずいた侍従に対してそうそう、と乗元は相槌を打つ。

「あの『蘭癖』めの監視を命じた小物であった。なんぞやあったか」

「どうも失敗した由にございます。それどころか、奴めに籠絡された可能性が」

 ぴく、と乗元は眉をひそめる。

「わしの名が漏れてはいまいな」

 乗元の確認に無言でうつむく侍従。乗元は右足で床をしたたか打ち付ける。

「殺せ。役に立たんどころか仇となるとは。少々目立ったても構わん。なんとかする」

 侍従はその言葉に悪寒を感じる。自分の主人がどのような人物であるか、十分に理解していたからであった。早速準備せねばならぬ。裏切り者の少女を殺すために、全力をもって――



 街道をゆく二人の侍。一人は身分のある武士で、もう一人はその小姓のようにも見えた。背の高さもさることながら、明らかに体つきが違っていたからである。

 先頭を行くのが統秀で、その後を追うように多鶴がゆく。

 統秀は基本、帰りは徒歩と決めていた。徒歩のほうが安全に移動できる、そのような目算であった。馬を中途で乗り換える必要もなく、思いがけない出来事にも対処しやすい。ただ、いつもと違うのはもうひとり、『従者』が増えたことである。

 多鶴は無言で統秀の後を歩む。被り笠を深く被り、あたりを伺いながら。

 統秀についていくことを決断したのも、多鶴の希望であった。統秀は三浦の所領に匿っても良いと申し出てくれたのだが、そうも行かない。江戸には兄がいる。自分が失踪したと分かれば、どのような仕返しを受けるかわからないからである。

 もしかしたら、この状況も何者かにみはられているかもしれない。

 とにかく一刻も早く、江戸へ、兄のもとに帰らなければ――

「雨か」

 統秀がそうつぶやく。多鶴が手を差し出すと、冷たい感覚が手のひらの上に弾けた。結構な振り方である。

 道を外れ、沿道の木々の影に身を隠す二人。空の雲は重く、晴れる気配はない。

「しばらくここでやり過ごすとしよう」

 笠を外して、そう統秀はうながした。

 ざあざあという雨の音が、木の葉を震わせる。

 多鶴がふと目を上げると、そこには統秀の姿があった。

 高い背に、やや薄い髪の色。今はしていないが、普段は南蛮の奇妙な衣装をまとい練り歩く『蘭癖高家』その人である。

 そのような人に、行きがかりとはいえ命を助けてもらい世話になっている自分。

 いい機会だ、と多鶴は決意する。

 なぜ、命を狙った自分をこのように遇するのか、その本心を確かめようと――



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