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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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『蘭癖高家』、江戸を行く

 両国は人だかりにまみれていた。

 とりわけ、見世物小屋や飲食店が立ち並ぶ、両国広小路は、江戸一番の盛り場である。粗末なつくりの見世物小屋と、いかにも安直な惣菜などをつまみに出す居酒屋が軒を連ねていた。

 数年前の町触も何のその。江戸の民衆は表面的にはお上には反抗しないものの、したたかに日常を楽しんでいた。

 『質素倹約、華美の禁止そして風俗の引き締め』などのお達しがきつく申し付けられたとしても、江戸の民数十万を取り締まることは不可能である。個別に貸本の作家がお叱りを受け、刑罰に処されることもあったのだがそんなことはどこ吹く風である。

 田沼時代に比べれば、その賑わいも少しは見劣りするものかもしれないが、それでもさすがは江戸三大広小路の一つである。今日も今日とて賑わっていた。

 そんな、両国で最近話題なのがある武家の姿である。

 このように混んでいる中を単身、馬に乗りゆうゆうと闊歩するその武家。

 その出で立ちの奇っ怪さから、町人たちはその道をゆずり遠目に眺めていた。

 馬は白馬。芦毛なのか月毛なのかは分からないが、堂々たる体格である。

 その上に斜めに腰をかけている、その武家の出で立ちがまた秀逸であった。

 月代はそらず、総髪にしてやや赤みがかっている。上下や羽織ではなく、まるで陣羽織のような上着をまとい下には真っ白な小袖をゆるく着こなしていた。

 腰のものがまた独特である。大小二つ、いずれも長く細い。まるで針金のようにさえ見えるその先は、天を突き刺すようだった。

 何よりその風貌がまた独特である。

 どこまでも白い肌――その一方で切れ長の目。年の頃は二十代なかば前後であろうか。整ったその顔立ちは、またなにか高貴さも感じさせるものであった。

 取り巻きの群衆からそのたびにため息が漏れる。

 まるで歌舞伎の桟敷にでもいる心持ちなのだろう。

「すげえ武家様だな」

 見物人の一人がつぶやく。

「しかし......よく此のご時世、あんなカッコをして往来を行けるな。ほれ、何でもやれ質素だ倹約だって言う此のご時世に」

 連れらしい男がそれに答える。

「おめえはまだ分かんねぇんだな。あのお武家様は特別なのよ」

「特別?」

「ああ、今の老中白河様は越中守さな」

「ああ」

「あのお武家様――」

 見えないようにそっと指差す。

「一色様は少将なのよ」

「よくわかんねぇな」

 男はさらに続ける。

「将棋でいやぁ金将だ。それに対して白河様は銀将ってとこだな」

 へぇーと感心する男。

「しかしなぁ。なんで老中様より偉い武家様がいるんだ。公方様以外に」

「何でも『高家』とかいうらしい。そしてあのように南蛮風の格好をしているから、最近は『蘭癖高家』と呼ばれているらしいな」

 そっと、手の扇を上げる馬上の男。

 群衆はそれに合わせたように、声を上げる。

 『蘭癖高家』――その姿は寛政の改革に歯向かう民衆の姿を代弁しているようだった――

 

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