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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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多鶴の決意

 多鶴は直に座し、板間の床を見つめていた。傍らには小さな茶碗に飯がもられ、香の物が添えられている。運ばれてから数刻も経とうか。それには一切手を付けずに、多鶴はただ床を見つめていた。

 もはや、なすべきことはない。

 このまま、しかるべき司直に差し出されるかそれとも生きて虜囚の辱めを受けるか――今のところ拷問を与える気はなさそうだが、それも定かではない。

 宮坂家再興のため致し方なくこのような所業に手を染めた報いである。

 多鶴は意を決する。

 捕まった時、腰のものはすべて没収された。それは当然のことである。

 懐の奥に手を突っ込む多鶴。小さな根付のついた小さな巾着が姿を現す。流石にここまでは調べられなかった。袋の中のものを床に取り出す。黒く小さなたまがいくつも転がりでる。

 目付からの命令を受けたときに預けられた、その薬。

『切腹も叶わぬとなったときに用いよ。武士としては恥ずべき死に方であるが、生きながらえるよりはましであろう』

 そう言いながら無表情な目付の側近より渡されし、毒薬。

 愚かな自分の死に方としてはふさわしくもさえ感じた。

 そっと、その丸薬を手に取る。ちょうど目の前の膳には白湯が椀に継がれていた。

 目を閉じ、静かにうつむく多鶴。

 どのくらい時間が立っただろうか、意を決してそれをあおろうとした時――ぐっとその手が抑えられる。

 多鶴は驚いて目を開き、そのほうを振り返る。

 そこには自分の腕を押さえる、若い武士の姿があった。

 多鶴は目を疑う。

 総髪の背の高い――それは自らの標的『蘭癖』たる統秀の姿であったからだ。

「なにを......!」

 暴れようとするが、かなわない。一見華奢に見える統秀だが、その膂力はなかなかにあがないがたいものであった。多鶴も女子とはいえ、負けぬほどに普段から剣術に打ち込んでいただけに屈辱である。

「辱めを......離せ!」

 多鶴はそう叫びを上げる。しかし統秀はただ、首をふる。

「ここで死んだとて、犬死にしかならぬ。やめておけ」

 統秀の一言。それまで暴れていた多鶴から力が抜ける。まるでその言葉ですべての意気地が崩れ去ったように。

 床にへたへたと多鶴はうなだれる。

 いくつものしずくが落ちて床ににじみを広げた。

 統秀は毒薬を袋に入れ、懐にしまう。そして多鶴をまじまじと見つめた。

 年の頃は――二十にもならぬだろう。病弱な兄を抱え、一人で家を背負ってきたその背中はあまりに小さく感じられた。

 統秀は意を決して、多鶴にこう話しかける。

『――ならば私に従え。そうして武士としての生をまっとうせよ――』、と。

 

 

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