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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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.刺客の目覚め

 若者は目を覚ます。薄暗い目の前。目を何度も瞬きさせる。

 生きている。それが最初に出てきた言葉であった。

 あの『蘭癖』めに返り討ちにあった自分――どうやら命は助かったらしいが、気を失っていたことに気づく。

 両手は後ろ手に縛られていた。床は土。どうやら納戸か何かに閉じ込められているようだった。

 これからどうなるか――若者は軽く震える。このようなへまをした以上、江戸に帰るわけにもいかない。いやそれ以前に無事に自分を解放してくれるのか――あまりに考えなしな自分を若者はただ、後悔するばかりであった。数日前のことを思い出す若者。すべてのことの発端はあの時に始まるのだった――



 熱気が広間を支配していた。畳の上には無造作に食べかけの肴の皿が散乱している。そして何本も転がるちろり。まだ酒が入った状態のもあり、畳ににじみを広げていた。

 人も多い。

 すべて男で若いものばかりである。髷は皆、武家結いで刀こそさしていないがそのなりは裕福さを感じさせた。ただ、それは羽織袴の話であり、行動は惨憺たるものである。畳に寝転がり、酒を吸うもの。大きな声で何かしら騒ぎ立てているもの。中には喧嘩を始めようとする輩までいた。到底、旗本の師弟たちとは思えぬ乱行である。

 それを一段高いところから見下ろす人物。彼らほど若くはないが、それなりの年齢に見えた。足を崩し、酒坏を手にその乱行を楽しそうに見つめ、また酒坏を傾ける。

「お目汚しでは」

 傍に控える従者らしき人物がそう言上する。首をふる主人。

「やつらは不満を抱えておるのだ。しょうがあるまい。田沼がいなくなったと思えば今度はあの蘭癖だ。聞いたか、定信めが蘭癖を屋敷に呼んだらしい。重く用いるつもりのようだが――」

 酒坏を畳に叩きつける男。顔は赤く、そして歪む。

「そのようなこと、この高山主膳乗元が許してはおけぬ!幕府の良き上下の秩序はどこに行ったか!朱子学の定めたる秩序の破壊者度もめが!」

 そういいながら、乗元はふらつく。

 ここは乗元の別邸。もっぱらここで彼らは酒盛りを行っていた。

 集う若者たちはみな、名門旗本の次男三男坊である。

 意図的に乗元は彼らを集め、手駒にしていた。

 この時代、長子相続が揺るがせないきまりである。次男三男はあくまでもその長男の保険として、飼い殺しにされるのが常であった。いわゆる、部屋住みというやつである。はした捨扶持をもらい、役も仕事もなくただ無為に送る日々。衣食住が足りていればそれで十分という考えにはなかなか行き着かない。自分も名門の家の子供なのだから。そこで文武などに力を入れればよいが、大抵のものは良くない方向に走るものが多かった。博打や女、そして暴力。

 そういった武家の若者たちを一手に引き受けていたのが乗元の存在であった。

 

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