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蘭癖高家  作者: 八島唯
第2章 江戸を震わす狐茶屋
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此の国の大本

 統秀は感じていた。この幕府の治政がもうどうしようもなくなっていることを。

 指導者の問題ではない。

 かつて吉宗公はその全力を傾け、改革を行った。

 そして今、松平定信というその子孫が有り余る才能をもとにさらなる改革を進めようとしている。

 だめなのだ、

 そう心のなかでつぶやくと足を崩す。平左は見て見ぬふりをする。

 酒坏を手に、もう一献位の中に流し込む。

「幕府の――此の国の大本はなにか」

 等秀はやや砕けた口調で平左にそう問いかける。

「我が国の大本は、農民でありましょうな。彼の者の年貢がなければ武士は生きられません。米がなければ人々は飢えて死ぬでしょうから」

「そうだ」

 即答する統秀。昔より此の国は瑞穂の国。米は神聖なるものである。

「であればこそ、吉宗公は米の相場に何より気を払われた。定信どのもおなじ。それ自体は間違っておらぬ」

 静かに顔を伏せる平左。二人の名前を慮ってのことであろう。

「今は違うのだ」

 すっと立ち上がる統秀。酔ってはいるが足元は確かである。

「今は、かねの時代だ。米ではない。かねに基づいた物資の循環が此の国を繁栄させもするし、幕府を滅ぼしもする。田沼主殿殿はそれに気づいておられた」

 田沼主殿。田沼意次のことである。失脚後、すでにこの世には亡くその名声は地に落ちていた。

「賄賂政治、金満政治――それほどまでにかねが悪いか。それならばなぜ大名は金を借りる。おかしな話ではないか」

 呼吸を整え、再び座する統秀。

「此の国を変えねばならぬ。残念ながら田沼主殿殿は不十分であった。定信殿も十分に才覚のある御方だが、此の視点が欠けておる。それはすなわち――『経済』の」

 けいざい、と平左は反復する。聞いたことのない言葉。何かの仏教の用語のようにも聞こえた。

「今、外国の船がどんどんこの日本にも近づきつつある。主には『おろしあ』の船であるが、いずれその奥にある『仏蘭西フランス』や『英吉利イギリス』の船もこよう。

「『阿蘭陀オランダ』ではないのですか」

 首を静かにふる統秀。

「国にはさかりというものがある。『阿蘭陀オランダ』はすでにそのさかりを過ぎた。かつては此の国に至るまでの航路に植民地を持っていたが、それらは『仏蘭西フランス』や『英吉利イギリス』によって奪われた。此度の大戦争で国家自体が滅亡の危機に立たされているらしい」

 まるで見てきたように国際情勢を語る統秀。しかし平左はそのことに全く驚きもしない。

「全ては『経済』のせいだ。このことを理解できなければ我が国も『阿蘭陀オランダ』と同様の結果を招くことになろう」

 ゆらりと行灯の火が揺れる。

 統秀はゆっくりと語り始める。その『経済』という魔物について――

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