女サーファーの千夏ちゃん。ダメと言われると余計にやりたくなる。
彼女は今日も波の上に居た。
運動が苦手な僕は、浜に建てられた記念碑が作る日影の中から、彼女を見守り続ける。
「これ絶対押しちゃダメだからね?」
「ポチッとな」
「何故⁉」
先日、バイト先の機械を止めてしまった彼女。
「こっから先は立ち入り禁止となります。捜査が終わるまで入ってはなりません」
「お邪魔しまーす♪」
「入るなー‼」
先週、空き巣の捜査現場に入ってしまい、捜査の邪魔をした彼女。
「千夏ちゃんは、どうしてサーファーになったの?」
「あのブイの向こうへ行くなって言われたから」
「…………」
ダメだと言われると絶対やりたくなる千夏ちゃん。
僕は、そんなおとぼけな彼女が好きだ。
誰とでも仲良く出来る彼女と、日陰者の僕。
きっと僕は、彼女に近づくのが怖いのかもしれない。
「なーにやってるの?」
「わわっ! 千夏ちゃん……⁉」
「夏なのに今日も長袖長ズボンだね。暑くないの?」
「……うん」
「たまには一緒に遊ばない?」
「僕、少し動くとすぐに具合が……」
「少しだけ。ね?」
彼女の手が、僕の目の前まで迫った。
とても温かそうな。太陽のような手だ。
「ちなつー?」
小麦色に焼けた筋肉が、千夏ちゃんへ声をかけてきた。健康的で、アウトドアが好きそうな、そんな好青年だ。きっとサーファー仲間だろう。
「誰? このもやしボーイは」
「ご近所さん。高校のクラスメイト」
「ど、どうも……」
好青年が僕を見るなり鼻を鳴らし、腕を組み始めた。
「ちなつには似合わないよ。こんなのと居たらダメだよ。俺とあっち行こうぜ」
「断るわ」
「はぁ⁉」
どうやら好青年は自分でスイッチを踏んだことに気が付いていないようだ。
「ねえ! 少しずつ鍛えれば大丈夫よ! ほら、脱いで!」
「わわっ!」
手品の早着替えみたいに、一瞬で長袖を剥がれた僕。千夏ちゃんに憧れて日焼けサロンで焼いた腕が露わになった。
「ヒューッ! なんだやる気満々じゃん? じゃ、半袖もー♪」
「ま、待って──!」
半袖も剥がされるが、その下は焼いてないのでとても白い。
「……野球部?」
「そうさ! 野球部さ!」
手頃な平たい石を、やけくそ気味に投げた。
石は突き刺さるように海に沈んだ。
「うっ!」
「大丈夫⁉」
そしていきなり全力投球した僕は、肩を脱臼した。
そんなオチで大丈夫か?
大丈夫だ。問題ない……多分。