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4章 天秤の星21―天秤の星の過去―

 オレだけが授かった時間操作の山羊の加護。その加護の使用者――案内人として俺もレグルスと一緒に来たらしい。

 俺とレグルスが立っている場所は、空だった。足元の地面が遠い。足がすくむ。落ちるかと思ったけど、そんなことはなかった。

「ひぇ……どこここ……」

「すっご、下までよく見えるな。あそこ、なんか人多くないか?」

 レグルスが楽しそうに口笛を吹きながら、遠くを指さした。豆粒くらいの人がたくさんうごめいている。それを見守るように、空にもう一人立っていた。

 白いゆったりとした服。長い白髪を垂らし、じっと灰色の目で人々を見ている。その愁いを帯びた表情を見て、ふとミイラのようにやせ細った天秤の神の姿が頭をよぎる。面影があった。

「ねえ、あれ。天秤の神……だと思う」

「へー、なんであんなとこから見下ろしてんだ?」

 レグルスはつかつかと歩き出した。え、歩けるの? 俺もおそるおそる足を前に出すと、地面があるように足が無事ついた。レグルスの後を追う。

 レグルスは怖いもの知らずにひょいっと天秤の神の顔を覗き込んだ。天秤の神はこちらにはまったく気がつかない様子で、じっとの人間たちを見つめている。

「……下でやってんのは戦いか」

 興味を無くしてすぐにレグルスは下でうごめいている人間を観察する。少し近づいたせいで、カンという音が響きあい、剣での打ち合いが目で見てとれる。幾人、いや幾万人の人のぶつかり合いだ。いままで見たことがない光景に、ことりと喉が鳴る。怖い。これ以上近づいて見たくない。

「ってことは、これは戦争だな。十三以外の星々との争いの時代か」

 六千年の双子の神殺しよりも、もっとずっと昔の出来事のことだ。様々な星が存在し、その中で人々は争い領地を奪い合っていた。その光景が目の前にあった。

 天秤の神が天秤を上へと掲げた。光り輝いて、地面が割れ、人々を飲み込んでいく。あっという間の出来事に、目を瞬いた。

「どうして戦いを止めないのか。愚かな選択は天秤を傾けるだけなのに……」

 天秤の神の呟きが聞こえる。彼は戦いを望んではいなかった。それだけはひしひしと伝わって来た。でも、反面、地面はさらに裂け、なおも人々は逃げ惑う。

 星が大変動を止めたのは、天秤の星から相手がすべて逃げ出してからだった。天秤の神は天秤を降ろすと呟く。

「私はそれでも……いつか、よい選択ができると信じたい」

 ただ、心の底から呟くような、絞り出すような声。

 よい選択ってなんなんだろう。思っている間に場面が変わった。まるで意思があるように、場面は会議室へと変わった。座っているのは十三人の神だ。見知った顔――アリエス様、カプリコルヌス様、ポルックス様にカストル様が居たので、すぐにわかった。

 他の面々は知らないが、天秤の神――リーブラ様が議長を務めている。

「では、他の出入り口は封鎖する方針で決定します」

「争いを厭う面々だ、これで戦争は起きまい」

 凛とした声で、女性の姿をした神がリーブラ様に賛同する。みんな安堵したような表情をしていて、戦いに終止符が打たれたことは理解した。

 なんだか俺もほっとした。あんな争いは見ていたくなかったから。

「再び愚かな選択がなされないよう、お互いに見張り、牽制しあいましょう」

 最後にリーブラ様がそう締めくくった。戦いを心底嫌っているのだと伝わってくる。

 場面がまた変わった。

 リーブラ様ともうひとり、長い白髪をひとつにまとめ大きな金色の目を光らせる青年が相まみえていた。場所は荒野といってもいいだろう、草が多少生えているその場に他にひとけはない。岩の空洞が青く光っているのが目立って、それが他の星に転移する場所なのだとわかった。

 リーブラの表情は戦争の時と同じ、愁いを帯びたものだった。一方、青年の方はきりっと表情を引き締めている。

「貴方も、人間が落ちていくのは見ていられないのかと思っていました」

 リーブラ様が悲しそうに言う。同じ志を持っていたはずだと、訴えかけている。

「人間が戦い殺し合うのは愚かだ」

 同じ考えだと青年も同意する。しかし、手を握り込んで彼は続けた。

「だが、人間が成長を破棄し、落ちぶれて行くのもまた愚かなこと。我は、常に人間には先を生きるべきだと考えている」

 青年の言葉にリーブラ様は頭を振る。それには同意ができないだと、じっと青年を見つめる。

「進歩はゆっくりでいいのです。急いて再び戦うようになれば、人間は滅びます」

 人間の未来を考えて、どうか踏みとどまってほしいと、両手を仰ぎ前のめりリーブラ様は訴えた。

「――としても、人間が選んだことだ」

 しかし、青年はきっぱりという。俺は薄情だと、正直思った。でも、彼の顔には迷いなんかなく、それが人間の生きる道なのだ。と主張していて、喉につっかかりを覚える。

「……やはり、相容れぬよう。十二の星は蛇使いの星と断絶する。二度と12の星の地を踏むことはない」

 リーブラ様は悲しそうに眉尻を下げたまま、しかし今度は明白に線を引いた。青年を説得するのを諦めた様子に、青年はふっと笑った。

「理解できなくても構わない。遠い……とても遠い未来、結果は出よう」

 彼は、頭を下げてからリーブラ様の横を通り、青い光を放つ岩の空洞へと歩く。どちらもお互いの信念を譲れはしない。だからこその決別なのだと、感じた。

 人間と同じだ。神にもお互いに折り合えない感情と意思があるんだ。だから、きっと十三番目の蛇使いの神と十二の星は決別を選んだんだ。

「人間は思っているよりもずっと愚かで、ずっと頭がいい」

 矛盾する言葉を置いて、彼は静かに去った。

「私は、人間は愚かではないと思いたいのです……正しい道を歩めると信じている」

 天秤の神は、誰もいなくなった後にぽつりと呟いた。

「戦いなど愚かだ……」

 最後に耳に届いた言葉は印象的だった。

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