4章 天秤の星14―選択の天秤―
でも――
「なんで加護を使ってまで俺たちが隠してたことを視たんだよ!?」
信用を築くなら、お互いに秘密を話してもいいという段階まで時間をかけて信頼を作っていかなきゃいけない。天秤の利益になると思うなら、なおさら関係は良くしたままのが良かったはずだ。
「知りたかったからですよ。面白そうだった、その誘惑に勝てなかった。ただそれだけです。私はその秘密がなんだか知りたかった。だから、私は隠していることを暴くことにしただけです」
「理解できないよ」
「解らなくて当然です、これは私の欠点ですから」
関係が悪化するよりも、したいという気持ちを優先した。利益を求めるというのに、自分で利益を阻害する、たしかに欠点なんだろうけど……。
俺は息を吐いて今までのことを頭の隅に追いやった。彼女の感情に振り回されてたら、こっちが混乱して何もわからない。それだけはわかったから。
今わかっていることは、エスカマリさんは敵でも味方でもないこと、大きな天秤はエスカマリさんに俺が利益をもたらせるかどうかでどちらかに傾くこと、天秤の神が話もできず、自身で力を使えないこと。
つまり、天秤の神にオフィウクスの星のことを聞くことも叶わないということだ。
「天秤の神は、このままなの?」
「神に救いを求めるのですか? もし天秤の神の状態が良ければ、貴方の力は世界のために使うべきだ。と、言うだけです。彼はね、ずっと座ってここにいるだけなのに、口だけは達者なんですよ。偽善なんですよね。こうしなさいと押し付けて、束縛する。自由なんて、愉しさなんてない」
さっきとは違って形相は悪魔のようだ。感情のまま捲し立てる言葉の羅列に、エスカマリさんから天秤の神への憎悪を感じさせた。怖い。
エスカマリさんは鼻を鳴らして、腕を組むと強くはっきりした口調で言い切った。
「私は、私の愉しいを求めているんです。そのために、天秤の星は変わるべきです。そのために貴方たちは必要なのか、見極めます」
強い眼差しから、それが本心であり、信念であることが感じられる。俺は、彼女に何を言えばいいんだ? 天秤の神と彼女との間に何の確執があったのかなんて、俺にはわからない。
「アスクさん、お楽しみはまだまだこれからですよ。なんといっても天秤の神の力は素晴らしい。気づいてないんですか?」
「えっ!?」
「情報を処理するのが遅いですね?」
エスカマリさんの一言でまたゴトリと天秤が黒い方へと傾いた。何かが、抜ける。
「死の矢」
その名前に聞き覚えがあった。俺が、加護たちと決めた、双子の加護と蠍の加護を使った毒の矢の名の技名だ。案の定、彼女の前に毒の矢が出現する。
「アスクっ!」
身体を後ろに引っ張られた。毒矢が足元に突き刺さる。
「死の矢!」
双子の加護と蠍の加護を使った毒の矢の名を唱える。でも、前みたく毒の矢が出現することはなかった。
「なん、で……」
反応がない。足りない。心臓がどくどくと強くなって、不安が腹の底にこびりつく。
「その顔、衣装に似合っていて最高ですね!!」
「~~っ! どういうことだ!」
愉しそうに高笑いをするエスカマリさんに俺は叫んだ。笑い声を止めて、エスカマリさんはふっと表情を無くす。
「二つ、黒い方に傾いたからですよ」
「テメエ、説明省きやがッたな!」
唇が戦慄いて言葉が出ない。マルフィクが代わりに叫ぶ。エスカマリさんはにこにこと表情を変える。
「ええ。だって、最初に教えてしまったら抵抗されて面倒でしょう? 奪えない可能性も高いと思いましたし。私、貴方たちのこと舐めてはいませんので」
「舐めてもらッてよかッたンだがな?」
「そんな油断はしませんよ。最初に説明を省いてしまったお詫びに、ちゃんと説明して差し上げますね。まあ、もちろんわかっていると思いますが、天秤の黒い皿が傾くたびにアスクさんの力を私がもらいます。そして、もし地面に黒い皿が着いた時、アスクさんの力は全て私のもの。だって、アスクさんの力っていいじゃないですか。無限に力を増幅できて、加護を使いたい放題にできるんですから!」
理解した。双子の加護と、蠍の加護が今、彼女に奪われたことを。どうしよう。どうしたら取り返せる?
「わかりますよ、返してほしいんですよね。天秤を白い方に傾ければお返しできますよ。で・も、アスクさんには全然足りないものがあります。それは何か……」
エスカマリさんはにやっとした笑みを浮かべる。わざと間を開けたのがわかった。
「優柔不断さ、ですよ」
高い声が響く。優柔不断さ。心臓がぐっと掴まれたように手に力が入る。
「神殺しについて肯定と否定の中で揺れ動き、他人の言葉で揺れ動く、その判断力のなさ。目的も信念もしっかりとしていないふわふわした状態。貴方は神には向いていない。天秤の星で今後神となる私には神になる同僚が一番の有益。けれど貴方にはそれがない」
「……エスカマリさんに有益にならなきゃいけないってこと?」
「そうですね、チャンスを差し上げますよ?」
チャンスというが、これに乗らないといけないのだろうか? イヤな予感がする。でも、取り返すには選択肢がない。
「私のためになるように、スピカさんかヘレさんか選んでください」
「選ぶわけないだろっ!」
「そうでしょうね! でも、その判断力のなさは貴方たち全員に言えること。スピカさんにもヘレさんにも、同様に天秤の力をかけてるんです。要するに、同じように選択する場面を用意しているということです」
なんだって!? ヘレもスピカも力を奪われてしまうかもしんない。
いてもたってもいられずに、入口に駆けだす。
「アスク!」
「助けに行く選択ですか? どこに向かえばいいのかもわからないのに? 感情のまま、考えもしないで飛び出す。愚の骨頂ですね」
黒い皿がさらに下がる。
「マルフィク! お願い! ヘレたちのところに連れて行って!!」
「……ちっ!」
気にしてなんていられない。早く、早くいかなきゃ。
「ハアハア、仲間想い、いいですね。ロマンですね! しかし……仲間想いはいいですけど、力が足りるのでしょうかね?」
後ろから声と、天秤の傾く音だけが聞こえた。でも、振り返ってられない。早くヘレとスピカのところに行かなきゃ。行って、危険なのだと伝えなきゃ……!