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4章 天秤の星12―蛇使いの星の歴史―

 ーー目の前が暗かった。何度か瞬きをすると暗い部屋の輪郭が現れて、淡い光に照らされた図書館に戻ってきたことがわかった。手にはじっとりした汗が滲んでいる。目の前で見た悲惨な光景に心臓がまだバクバクと音を立てていた。

 戻ってきたことに安堵した途端、胃から急激に気持ち悪さが込み上げてきた。反射的に足を折ってしゃがみ込む。

「い――っ!」

 前の本棚に頭をぶつけちゃった。慌てて口を塞ぐ。

「あら? どうかされましたか?」

 遠くからかけられた高い声。同時にグッと腕を横から引っ張られて立ち上がらせられた。

「なンでもねェ」

 マルフィクの言葉に、グッと喉に、足に力を入れて俺は動かないように努める。そうだ、エスカマリさんも居たんだった。

「そうですか」

 エスカマリさんはそれだけ言って、こちらに来る気配はなかった。マルフィクに促されてさらに奥へと移動する。

「……あれは、レーピオスさん? なの?」

「わからねェ」

 俺の呟きにマルフィクは首を横に振った。雰囲気は似ていたし、最後に見た目は真っ赤だった。本人かもしれない。でも、それならどうして最初見た時の目は金色だったんだ? あれは六千年も前の出来事であって、不死ではない彼がいままだ生きているのは? 神殺しをしたことで神になったのなら、生きることは可能かもしれないけど……。

「オレは何も聞いてねェぞ……あのヤロウ……」

 マルフィクが低く唸った。表情は歪んでいて、黒い瞳が揺れる。動揺している。と思ったけど、マルフィクは息を吐くと苦々し気に俺に告げた。

「このことは師匠に直接オレが聞く」

「わかった」

 教えてもらえるかはわからない。だけど、レーピオスさんのことについては、これ以上は俺が首を突っ込むことじゃないのかもしれない。

「あのさ、テジャトって呼ばれてた子。結局なんで神殺ししたんだと思う?」

 無表情な諦めたような表情とはうらはらに、体全身で怒りがにじみ出ていた彼を思い返す。言ってた言葉はアルヘナに加護を与えたことだけだった。

「……怒ってたな。アルヘナに不死を与えたことを」

 マルフィクの答えに頷いた。正直、マルフィクの話と似たような話なんじゃないかと感じてたから。

 双子の神と接したことがあるからわかるけど、彼らは子どもっぽくてわがまま、そして傲慢だ。人間と仲直りはしたけど、決して人間同士の友達のような関係にはならない。神と人間としての接し方でしたかない。それは傍から見ててわかる。

「あいつらの会話からアルヘナは不死の加護を欲しいと言ったと思えない。双子の神が一緒にいたいがため……神の都合で与えられた」

「それで怒ったのかな」

「憶測でしかない。結局は本人に聞かないとわからねェ」

「俺らが過去まで見に行った意味なくない……?」

「オレにはあった。今も昔も変わらないと、そういうことだけが」

 マルフィクの奥歯がぎりっと鳴ったのが聞こえた。

 憎しみの強さを感じて、彼が本気で魚の神を殺したのだと実感した。じわっと手のひらに汗をかく。マルフィクにとって神殺しは必然だった。けど、それは魚の神だけであって、他の神に対しても同じなんだろうか? 操られていたとはいえ、俺がこの手で殺してしまった山羊の神――カプリコルヌスに対しても……。

 マルフィクカプリコルヌスに嫌悪を抱いてはいなかったように思う。俺はもやもやしたこのわけもわからない気持ち悪さをどうにかしたくて、口を開いた。

「……マルフィクは、カプリコルヌス様が死んで良かったと思う?」

 聞いたのは俺が期待しているから。マルフィクが神殺しの肯定派なのはわかってる。けど、カプリコルヌス様対してはそうでなければいいな。と勝手に期待してしまっていた。

「……あいつは人間と関わッてねェ……」

 いいともダメともわからない返答。でも、肯定されなくてよかった。ほっとして、自然に笑ってしまう。

「そっか……へへ」

「ムカツク……」

 マルフィクがイヤそうに眉根を寄せて毒づいた。

 ずっとできなかった話題ができたことで、肩に乗った重りが軽くなった気がする。

「マルフィクも、まだ迷ってるんだね」

「オレは知りたかッただけだ。神殺しをする人間の理由を……まだはッきりとは判断できねェが」

「じゃあ、レーピオスさんのところに戻るの?」

「……少し考える」

 すぐに本人か確認するんだろうと思ってたから、びっくりした。俺の方には顔を向けてくれないから、表情で何を考えてるか判断するのは無理だったけど、言葉と声色から困惑しているのはわかる。

「まだオフィウクス――蛇使いの星について資料見てねェしな」

「ああ、そっか。ここなら十三番目の星の資料もあるよね」

 だって、消えて行った古い星々の資料もあったくらいだ、蛇使いの星の資料がないわけがない。神がいなくなると資料を作ることができないと言っていたけど、十三番目の星は行き来ができなくなっただけで、蛇使いの神は存在しているはずだ。

 だって、じゃなきゃ俺が加護をもらえるわけがないし。

「説明された中にはなかったし、エスカマリさんに聞いてみようか」

「……ああ」

 マルフィクは頷くだけで動こうとしない。俺がエスカマリさんと会話しろということかな。いいけど。

 俺はエスカマリさんの元へと戻る。後ろでは一歩おいてマルフィクが待機しているので、俺はエスカマリさんに話かける。

「エスカマリさん」

「おかえりなさい。資料の確認は済みましたか?」

「うん、おかげさまで。後、蛇使いの星の資料が見たいんだけど、どこにあるかな?」

「ああ、はいはい。オフィウクス関連が知りたいのですね。なるほどなるほど~、わかりました」

 エスカマリさんはにこにこ笑うと像の前にある長椅子から立ち上がる。そして光る天秤の像に触れた。

 ゴゴゴゴゴゴという大きな音とともに天秤の像が横にズレ、二つの本棚がせりあがってきた。

「こちらが蛇使いの星の資料になります」

「すごい仕掛けだね……!」

「ええ、天秤の加護を認識させることで仕掛けが動きます。つまり、天秤の加護がなければこの資料は全て見ることはできません」

 エスカマリさんは胸を張って言い切る。

 話からすると、蛇使いの星の資料はエスカマリさんがいないと見れなかったのか。なんだかお世話になりっぱなしだな。

「ずいぶン厳重なンだな」

 俺と違って、警戒を解かないマルフィクは訝し気に鋭い声でエスカマリさんに疑問を投げかけている。

「当たり前です。星同士の交流が無くなった十三番目の星――現在の蛇使いの星は一般的には昔話、伝説と同様の存在ですよ? そんな星の資料が簡単に手にできるように管理しているわけがない。そう思いませんか?」

「……わかッた。見てもいいンだな?」

 エスカマリさんの説明に異を唱えることなく、マルフィクは目の前の棚を指さして確認する。エスカマリは頷きながら「どうぞ」と勧めてくれた。

 俺たちは、蛇使いの星の資料を手に取った。思ったよりも本の冊数は他の星に比べて少ない。記載される内容が少ないのか年数が少ないのかはわからない。でも一気に確認できるほどの量じゃないから、俺は一番新しいと思う本を手に取った。

 これで蛇使いの星の状況や、語り継がれてない星の内容がわかるんだ。そう思うとわくわくしてしまう。

 期待に膨らんだ気持ちのまま、最新の文面を確認した。けど、一番新しい場所に書かれている文章に、俺は疑問しか浮かばなかった。

 オフィウクスは死んだとみられる。その一言が記載されている。どういうことなのか。神が死んだということは殺されたってこと?

「……蛇使いの神――オフィウクスは死んだの?」

「リーブラ様は神の視界を通して星々の状況を見てるとお伝えしましたよね。ある時からオフィウクスの視界が何も映さなくなったのです。リーブラ様によれば、神が死んだ場合に起こる症状だそうで、ただ星々の交流が断絶しているため事実確認はできず、その一文で本を閉めているわけです」

「蛇使いの星なら、何かしらの方法でリーブラの力を無効化している可能性もあるだろ」

「独自の進化を遂げている可能性はあります」

 要するに天秤の星から蛇使いの星を観測できなくなったってことか。他に情報はないかな。前の方の文章をぱらぱらと確認する。

 マルフィクの名前は見つけることができた。けど、俺の名前は何故か見つけられない。そして、ほとんどの記載が様々な人間に加護を与えている内容だった。

「オフィウクスの神は多くの人間に加護を与えているんだね」

「オフィウクスの神は、加護の配分が上手だったとお聞きしています。たとえどんなに加護に耐性がない人間でもその人間にあった分の加護を与えられたとか。その証拠に、加護で死んだ人間の記載について他の星では見られますが、蛇使いの星ではその文面は見当たりません」

 たしかに、加護については与えたという記載しか今のところ見つけられない。間間に時折見かけるのは、人間が何かを発明した。と書かれている内容。だけど、詳しい説明も描写もないから名称だけだと何が作られたのかはさっぱりわかんない。

「発明についての詳しい内容は……」

「わかりかねます。リーブラ様であれば形容や用途をご存じでしょうが……お答えになるのは難しいかと。会ってみます?」

 エスカマリさんはさっきまでと同様でにこにことした笑顔で話しているのに、違和感を覚えた。声色は語尾があがって心底楽しそうで、背筋がぞっとしたから。思わず足が一歩下がった。怖いと思ってしまって帰りたかった。

 けど、違和感が拭えなくて、イヤな予感がして、俺は足に力を入れて答える。

「……会う」

「……会ッてやる」

 俺とマルフィクの言葉が被った。エスカマリさんはこれまでにないほど満面の笑みを浮かべて頷いた。

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