4章 六千年前の双子の星1―双子の神殺し―
気が付けば、森の中に立っていた。大きな木々がそびえたって、葉の間から光がところどころ地面を照らしている。
「どこだ……?」
「……ちゃんと飛べたなら六千年前の双子の星だけど」
荒れ果てた地しか知らない双子の星とはうってかわって緑豊かな場所だ。辺りをきょろきょろと見回すけど、人の気配はない。
「人探しの力使ったんじゃないの? マルフィク」
「使ッた。近くに双子の神がいるはずだ」
マルフィクは方向を定めて歩き始める。着いていくと、すぐに大きな広場に出た。四人の影がある。うち二人は黄緑色の肩までの髪に、大きくて宝石みたいな紫のツリ目の瓜二つな少年。俺もよく知っている双子の神――ポルックスとカストルの前に男の子がひとり対峙している。
「見つけた……」
「二人の前に立ってるのは誰だろう?」
男の子は、鉄色の髪で褐色の肌、目はきらきらと光る金色だ。雰囲気はどこかマルフィクの師匠に似ている。それは同じ肌と髪の色だからかな? でも、あの強い印象の目の色だけは違う。
「敵対しているみたいだな」
マルフィクの言葉に頷きながら、俺は3人に近づいた。遠すぎると声が聞こえないからだ。
「君は、テジャト?」
「……アルヘナにどうして加護を与えたんだ」
ポルックスの返答に答えず、少年にしては低く怒りのこもった声で彼は言う。問いかけというよりは責めているような口調だ。でも表情から怒りは感じられなかった。ひどく無表情だ。
アルヘナという名前に俺は聞き覚えがあった。たしか、双子の星でポルックスが気を許していた老婆の名前のはずだ。体が死ねばその場で新しい命に産まれ変わり、また一生をこの星で過ごすと本人が言っていた気がする。ということは彼女はこの時代からずっと生まれ変わりながら双子の神を見守り続けていたのか?
『僕の不死の加護は誰でも彼でも欲しがるんだよ! アルヘナだって喜んでた!』
『ポルックス落ち着いて』
話を無視されたポルックスがぷくっと頬を膨らませて言い返すのをカストールが宥める。
『君はテジャトなの? 目が……いつもと違うけど?』
「アルヘナは、幸せな一生を送ったのに、なんで」
カストールの問いかけに彼は答えない。震えるほど拳を握り込めて、落とした顔からは水滴が落ちる。
『もう! 話にならないなぁ。アルヘナは僕たちとずっと一緒にいるために加護をあげたんだ。君にとやかく言われる筋合いはない』
「アルヘナにはもう誰も居ないのに、お前たちのエゴで……」
『僕たちがいるって言ってるでしょ!』
一瞬だった。少年はさっと鎌を手に持ちポルックスに切り掛かった。血飛沫が舞う。顔に返り血を浴びながら、少年は流れるようにカストールへと向かった。
突然のことにカストールも動揺しつつ、腰に携えた短剣を引き抜いて鎌を受け止める。けど、背後から大きな蛇の牙がカストールに食い込む。
『オフィウクス……なん、で……』
『自由を欲した相手に応えたまで』
カストールの微かな声に蛇は淡々と応えた。牙が引き抜かれ、カストールが倒れ込んだ。
「……お前たちの殺し方は知っている」
金色の目が倒れ伏した双子の神に注がれている。少年はカストールが持っていた短剣を拾う。
「神が持っている道具には神の力が宿る」
『やめーー』
そして、短剣をカストールに突き立てた。カストールから悲鳴にならない声が響いて、崩れ落ちる。
「使えるのはその神と同じ力の加護を持つ人間だけだ」
『テジャト……どうして……』
少年はすぐにポルックスにも同じように短剣を突き刺した。
「その名はもういらない、僕はーー私は、全てを終わらせる」
蛇が姿を消した後、無表情な少年の瞳は顔の返り血に負けないほど赤く輝いていた。