4章 天秤の星10―天秤の星の図書館―
天秤の神殿の入り口では心臓が飛び出るほどドキドキしたけど、ずいぶんあっさりと中に入ることができた。マルフィクが道行く神官たちにちらちら見られてたので緊張したが、エスカマリさんが笑顔で挨拶をすると、通行人はそそくさと去って行った。
エスカマリさんは神殿の中を案内してくれた。
神に祈る広間だったり、面会する部屋、食堂に料理場、神官はたいてい神殿で過ごしているそうだ。だから設備がいろいろとあるらしい。
働いている人も多い印象だったけど、図書館へ向かうにつれて人がどんどん減っていく。
「図書館は許可制なんですよ。私は加護を持っているのでいつでも利用できるんですけどね」
と、普段は人が入らないことをエスカマリさんが教えてくれる。そんな貴重な場所に入れると思うと自然と背が伸びた。
図書館の前に着く。大きな扉には神の象徴である天秤が彫られていて綺麗だ。
「オイ、オレたちはその許可てェのはもらッてねェンだろ、大丈夫なのか?」
「あら指名手配されておきながらこんなところまで着いてきて、そんなことを気にするんですね。安心してください、問題ないですから」
遠回しな言い方が気になった。マルフィクも同じだったらしく眉をしかめる。
「…………」
「強いて言うなら私の独断と偏見で、貴方たち二人は入れるべきだと判断しただけです。加護のお導きですよ」
納得できないという顔をしているマルフィクに、エスカマリさんは首を傾けて片方の頬を抑える。少し困っているようだ。
「さ、誰か来る前に入っちゃいましょう。見つかるとややこしいんですから」
エスカマリさんはこれ以上の説明はないと首を横に振り、そそくさと扉を開き中へ入る。そして、俺たちを手招きした。俺とマルフィクはお互いに顔を見合わせてから、エスカマリさんに続いて中へ入った。俺たちは図書館の中に用があるんだから、ここで立ち止まってても仕方ない。罠だとしても。
「うわぁ……」
俺は感嘆の声を漏らした。扉の中は本棚が並んでて、棚いっぱいに本が詰め込まれている。こんなにいっぱいの書物は見たこともない。いったいどんな内容が書かれてるんだろう。
抑えきれなくて、一番近くにあった本棚に駆け寄って背表紙を見てみる。
「おおぐまの星……? こっちは髪の毛の星って、なんの星?」
棚ごとに分かれているが、どれも聞いたことのない星の名前が綴られていている。
「むかーし紛争が起こった時、無くなったとされる星星ですよ」
エスカマリさんが答えてくれる。アリエス様から聞いた話と一緒だ。昔は他にたくさんの星があったのか。一冊手に取ってぱらぱらとめくれば、その星の神や紛争、神が無くなったところで記載が終わっている。
「天秤の神は他の神々を通して、起こった出来事を記載しています。ですから神がいなくなった後の記載はないんですよ」
「そうなんだ……」
「で、双子の星の歴史が乗ッてる本はどこにあンだ?」
マルフィクが俺を睨みつける。俺が目的を忘れてたことを怒ってるんだろうな。俺はそっと本を棚に戻した。
「12の星の記録は他に比べて多いので、他の星とは別に管理されているんですよ」
エスカマリさんは俺が本を戻すのを待つと、歩き出した。俺とマルフィクも後をついて行く。いくつもの本棚を抜ける。変わり映えしない景色の中でエスカマリさんは戸惑うことなく進む。正直、帰り道がわかるか不安になってきた。
ある本棚の角を曲がると、開けた場所に出た。いくつも長椅子置かれてて、真ん中には光る天秤の像が存在を示していた。他に比べて明るいのは像のせいだろう。
「着きましたよ。正面が牡羊、牡牛、双子、右側が蟹、獅子、乙女、手前が天秤、蠍、射手、左側が山羊、水瓶、魚です。この像を中心に年代が新しくなっていますので、奥に行けば行くほど古い記述があります」
エスカマリさんは、12の星すべての記載場所を伝えてくる。なら、まずは自分の生まれた牡羊の星の記述を見たい。棚へと歩く。
「なンで他の星についても話しやがる?」
「あら? 自分の生まれた星について知りたいかもしれないかと思いまして。ね、アスクさん」
名前を呼ばれて足を止めた。振り返ると、苦虫を嚙み潰したような顔をしたマルフィクと目があった。マルフィクは生まれ育った星で悲しい出来事があったから、積極的には見たくないのかもしれない。
でも、俺は他の星の書物を見るより前に自分がよく知っている星の記載を見たかった。だから、エスカマリさんの質問の意図がわからないけど、俺は率直に答えた。
「俺が知ってる歴史は牡羊しかないから、この書物にどの程度の内容が書かれてるのかを確かめるには、自分の生まれた星の書物を見るしかないじゃん?」
12の星の書物についても知りたい。はあるけど、それは牡羊の星に限ったことじゃない。時間が許すなら他の星の書物だって俺は読みたい。
俺の言葉にマルフィクは顔の表情が緩んで、魚の棚へと足を向けた。
「確かにな。どの程度細かい記載があるかもわかるわけだ」
「ふふ、ではごゆっくり。わたしはこちらの像の前で待たせていただきますので、何かあればお声かけください」
エスカマリさんは満足そうに笑うと像の前にある長椅子に腰を掛けた。大きめな書物を取り出して目を通しだしたから、俺たちは好きにしていいってことなんだろう。
俺はマルフィクが魚の星の書物に目を通しているのを横目に、牡羊の星の本の最新のものを手に取った。パラパラとめくる。
書物の内容は年表のようになっていて、俺が知ってる年度の下に主な出来事が箇条書きで記載されているスタイルだ。詳しい内容ではなかったけど、いつ何が起きたのかは把握できる仕様だ。今年の年度では「アリエスがミツギの村で姿を現し、ヘレという少女に加護を与えた」「オフィウクスがミツギの村でアスクという少年に加護を与えた」「アスクは双子の星へ繋がる洞窟へと消えた」「ヘレはアリエスの使命を受け、アスクを捜しに星を出た」という箇条書きがされている。その前の年の記載はない。ずいぶん長い間記載はなくて、約三百年前に水が枯れたが、加護を持つ少年によって星は復活した。その何年か前に少年が加護を与えられたことが記載されていた。それだけ前に姿を現したきりなのなら、昔話としてしか残ってないはずだ。どうやらアリエス様は星が危機に陥りそうになった時にだけ加護を与えているようだ。だいたい数百年に一回しか加護を与えていない。約五千年前に十二の星の神の会議により、蛇使いの星との行き来をできなくしたという記載もあった。双子殺しがあった時の記載だろう。それより前は、加護を頻繁に与えていたようだ。途中で一冊が終わった。
「……起こッたことの簡単なメモだな」
「うん、詳しくは書いてないね」
マルフィクが魚の星の本棚から俺の隣に移動していた。もう見終わってたのだろう。
「双子の神殺しは五千年も前の話だったんだね。想像もつかないや」
「神がそれだけ長く生きるッてことだ。滅びた星と戦ッてた記録もありやがるし、いッたい何年生きてやがんだ。あいつら……」
その答えはたぶん本棚の一番奥の本を見ればわかるのだろうけど、本棚に何十冊と置いてあって、さらにはそれが奥まで続いているんだから、どのくらいの年月を生きているか知っても理解はできない気がする。
「全部見てみる?」
「見ねェ。時期と場所、出てくるヤツの名前までわかンだ。双子の星の資料を見れば、使えるンだろ?」
マルフィクは何をとは言わない。山羊の加護の力のことを指してるのはわかったので、俺は頷いて返した。