4章 天秤の星8―乙女の騎士との帰属―
スピカが俺に自分の剣を鞘から抜いて手渡してくる。
「私が誓いをしたら、この剣を肩に添えてくれ」
「う、うん?」
俺が剣を受け取ると、スピカは俺の前に跪いた。何? って思ってると剣を持っていない方の俺の手を取って自分の額に触れさせる。
「私スピカは、乙女の騎士の名において誓う。いかなる時もアスクと共に寄り添い、支えあうことを」
手の甲に口づけをすると、スピカは顔を上げて微笑んだ。金色の髪は靡き、青い瞳は吸い込まれそうで綺麗だった。見惚れてしまう。
かっこいい……うん、いやかっこよすぎない!?
きょどって俺は横に避けたヘレに助けを求めた。ヘレは俺の代わってほしいという気持ちを察して、ぶんぶんと首を横に振る。俺と同じように少し顔が赤い気がする。
「アスク?」
「あ、うん」
スピカに声をかけられて、慌てて乱れた心を落ち着かせる。そうだ、剣をスピカの肩に添えなきゃ。俺はスピカから手を引くと剣を両手で持ちあげた。思ったよりも重い。こんな重いものでスピカは戦ってるのか。
慎重にスピカの肩に剣を添える。手から汗が出て滑ってしまいそうだ。
「俺も誓うよ」
添えたのを確認してゆっくりと剣を下ろす。スピカが立ち上がって剣を回収してくれて、やっと緊張の糸が切れた。
まだ心臓がドッドとうるさい。
「これで終わり?」
「ああ、契約はきちんと成された。乙女の加護はアスクと共にある」
やり切った後だからか、スピカの笑顔は爽やかだ。
俺は胸に手を当てて、自分の加護について感じてみる。かすかだけど、いままでの加護とは別の力があるように感じた。
「帰属と隷属は、相手の居場所や状況をお互いに感じることができる。残念ながら契約初期の精度は低いがな。ただアスクに何かあれば、感じることくらいはできるはずだ」
「へえ、お互いってことはスピカに何かあった時もわかるの?」
「ああ、何かしら感じるはずだ」
どんな風に感じるのかな。スピカともっと近づけたようでちょっと嬉しい。何かあったら絶対駆けつけよう。
「じゃあ、今度はオレの番だな」
「あ、マルフィクもスピカみたいにするの?」
そういえばマルフィクも魚の加護をくれるって言ってた。毎回こんな誓いのやり方されてたら恥ずかしくて心が持ちそうにないんだけどっ。
「……こッち来い」
マルフィクが呼ぶので、おっかなびっくり近づいた。いや、マルフィクだししないよな……?
「オレはお前を認めて魚の加護を貸す。オマエが頷けば契約成立だ」
「え、うん。終わり……?」
「口約束でも問題ねェ。帰属ッつーのは相手を支配してやろうとか、利用してやろうとか、そういう気持ちがなければ勝手に加護が移動して契約を成立させる」
マルフィクが信頼して帰属をしてくれたのは嬉しかった。
「乙女のヤツのは単にその星の儀式だろ。そっちをやってほしかったのか?」
「マルフィクにはしてほしくないよ!」
俺はぶんぶんと首を横に振った。スピカだけで十分だ。
「私のは乙女の星で騎士として認められる際に行う行事を模したものだ。新たに、剣に誓いたかったのだ、アスクと共に戦うことと、みんなを守ることをな」
「すごいスピカさんかっこよかった!」
「騎士もいいものじゃな」
スピカが恥ずかしそうに頭を掻けば、ヘレとシャウラが俺の言葉をとった。俺は何度も頷いて同意しておく。
「あれ、アルディさんたちのはどうするの?」
「アルディは隷属の契約書を置いていったのでな。破り捨てておいた。獅子の加護、水瓶の加護をアルディの方で話をつけて契約書を送ってくる際に、きちんとした牡牛の契約書も一緒に送ってくるだろう」
「アルディさんに隷属するのはレグルスで十分だよね」
「ああ」
「お前ら、獅子のヤツには厳しいよな……」
レグルスだからね。という気持ちを込めて、マルフィクにはわざとらしく視線をそらしておいた。スピカは俺とマルフィクのやり取りに苦笑をする。そして、ひと段落下したとばかりに伸びをして椅子へと腰かけた。
「エスカマリにも話をしておかなくてはな」
「……情報交換としては足りなさそうだから一つだけ忠告しとくが、アイツも師匠には会ッてるのを見たことがある」
マルフィクが爆弾発言を落とした。エスカマリさんが絶対の味方ではないことに、俺がさっき感じていた違和感が腑に落ちた気がした。
スピカが椅子をガタっと音をさせて半分立ち上がりながら固まっている。
「オレは会話の内容は聞いちゃいねェ。オマエたちと同様断ッていた可能性もある」
「神殺しについて聞いた可能性はないのか?」
「あの話しぶりなら、やり方を聞いただろうな」
「…………」
「しかし、聞いたからと言うても神殺しをすると決めつけるのは早計ではないかのう?」
スピカの動揺する様子にシャウラが落ち着けと言葉をかけた。スピカも頷いて椅子に座りなおすと手で頭を抱える。
「エスカマリに聞いた方が良いのだろうか……」
「本人に確認すンのはススメねェな」
スピカの落ち込みようはひどい。エスカマリさんとまだ接点がそこまでない俺にできることはないかな。
「そうだ、俺とマルフィクでそれとなく調べてみるよ」
「なんでオレまで……」
「だってこの後、俺とマルフィクとエスカマリさんで図書館行くんだし、他のみんなより機会ありそうじゃない?」
マルフィクはなんだかんだで面倒見がいいし、少し押せばきっと流されてくれる。俺も山羊の星で学んだ。
「調べてもらうのはありがたいが……無理はするんじゃないぞ」
「スピカ、心配しないで。マルフィクが止めてくれるから大丈夫」
「オマエはオレを巻き込まないと気が済まねェのか?」
「ええー? じゃあほっとかれるのか、俺」
「……知らねェ」
マルフィクははあと息を吐いてから顔を背けてしまった。否定はされなかったから、やっぱり何かあったら助けてくれると思う。
「何か、何か重大なシーンを見逃した予感!!」
大きく扉が開かれたかと思うと、エスカマリさんが肩で息をしながらも大声で入ってきた。言ってる内容がよくわからない……。
「エスカマリさんお帰りなさい」
「ただいま戻りました。その後はご飯にする、お風呂にする、それとも――を言ってほしいところですが、視線が痛いので辞めましょう」
こほんと咳ばらいをして、テンション高いのを止めるエスカマリさん。出て行った時と様子に変わりはないけど、ひとりだけ……?
「エスカマリさん、タルフは?」
「それが、ちょっと予想外のことがありまして、養生するために他の施設に行ってもらいました」
「怪我でもしたの!?」
「命に別状はありませんから、心配いりません。しばらくしたら合流できますよ。さあ、待ちに待ったヘレさんの男装に移りましょう!」
エスカマリさんはタルフのことを早々に切り替えて、ヘレを手招きした。
強引な話題替えに違和感を覚えるけど、ここでわざわざ切り込むとこの後の図書館に行く目的がどんどん遅れちゃうだろうし。
俺が悩んでるうちに、ヘレがおそるおそるエスカマリさんの後をついて行き、二人はあっという間に扉を出ていくのだった。