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4章 天秤の星6―天秤の神への反逆者―

2024/08/05

前話のエスカマリのセリフ内容を少し変更しています。

「手伝ってほしいこと」→「お願いしてほしいこと」

「助け合うのは構わない。しかし、内容によっては私たちにできないこともあると思うのだが」

「詳しく内容を聞きたいかな」

「お願いとは、私の質問にいくつか答えてほしい。それだけです」

 スピカと俺の言葉にエスカマリさんはにっこりと笑う。みんながそれならと頷くと、エスカマリさんは咳払い一つしてから、重苦しく言葉を紡いだ。

「……今、天秤の星で神に世代交代をしろという声が高まっている。と言ったらどうします?」

 エスカマリさんの言葉が上手く飲み込めない。世代交代ってどういうこと?

「私の星であればその話の出所を探すな」

 エスカマリさんの話を理解して、一番に返答したのはスピカだ。困惑と疑念が声から滲み出ている。俺はまだ状況がわからなくて、黙って話を聞くことにした。

 エスカマリさんは、先ほどまでのテンションが嘘のように鋭い表情をしていていた。

「粛清するのですか?」

「神への反逆罪は重罪だ。同盟星の天秤の星の役割は”裁き”を担っているのだから、秩序を乱した者を罰するのは天秤の星では当たり前のことなのではないか?」

「ええ――」

「問題はそこか? 民から声が上がッてンなら、神の考え方が民に合ッてねェッて話じゃねェのか?」

 スピカの言葉にエスカマリさんが肯定しようと頷くも、そこにそれまで傍観していたマルフィクが口を挟む。

 俺はマルフィクの言葉に話してもらった過去を思い出した。民の声を聞かなかった魚の神はマルフィクの手によって葬られたと話していた。マルフィクからすれば当然、天秤の神は退くべきなんだって考えてるのかな。

 だけど、自分とは正反対の意見にスピカが納得しない気がする。

「合っていないからと言って、反逆をしていいわけではない」

「程度によるだろ。俺は、神のルールで人が死ぬのなら世代交代はすべきことだと思うぜ」

「ふぅ……貴様は、人を見殺しにするならば神を殺すことも厭わなかったのだろう?」

「アア。明日の未来もないどん底を経験したこともないお優しい騎士様と違ッてな。正直、もッと早くに行動しておけばよかッたと後悔してンだ」

「貴様っ」

「あーあー、俺は! 天秤の星をもっと知った方がいいと思うんだけどな!」

 人が口を挟む暇もないくらいに口論していたが、ぴりついた空気が張り詰めてスピカがマルフィクに一歩踏み出したので俺は慌てて間に入った。

「ヘレ、あいつは誰なんじゃ? スピカとは随分相容れぬようじゃが?」

「マルフィクさんはスピカさんが敵対しているオフィウクスの加護の一員で――」

 後ろでシャウラがヘレにマルフィクのことを聞いている。マルフィクとスピカは立場も意見も正反対だ。だから、敵対するのは仕方ないんだけど。

 スピカとマルフィクは、お互いから視線を外して俺を見る。

「アスクの意見を詳しく聞かせてくれないか?」

「天秤の星を知ッてどうなンだよ」

 止まってはくれたけど、二人して話を促してくる。そんなぴりついた空気のまま言われると、ちょっと怖い。

「だって、エスカマリさんの言葉だけじゃ状況わからなくない? ここは俺が住んでた牡羊の星とは違いすぎるから、俺には判断できないなって思うんだ」

 天秤の星の状況はちらっと見ただけだ。来た時に見た町は栄えていたし、警備兵もしっかりとしていた。牡羊の星で得た天秤の星に対するイメージは秩序、平等、それが人々を支え繁栄しているという簡単なもの。それ以上の情報も知識もないから、俺にはエスカマリさんがどういう意図でその質問をしているのかの方が疑問だった。

「ああ、何も知らない外部がやンややンや言ッたところでどうしようもねェな」

「そうだよ、だからもっと話を聞いてから考えないと」

「助けるつもりか? 頭お花畑だな。知らねぇヤツが関わると余計ややこしくなンだよ。そういうのは」

「だから知ってからだってば!」

 マルフィクは口端を上げて笑っているから、からかってきていることはわかってたけど、言い返した。言い返さないと負けたような気分になりそうだったし。

「……たしかに乙女の星とも神の在り方が違う。一方的に言うべきではなかったな」

 スピカはしばらく考えた後、結論を出した。「またやってしまった」と小声でこぼしてるのが聞こえたけど、葛藤があるんだろうか。

 落ち着いた二人にちょっとほっとした。

 俺は聞きたかった疑問をエスカマリさんに投げかけた。

「エスカマリさんはその質問で何を知りたかったの?」

「そうですね、あることを話しても大丈夫そうか気になってまして。試すような真似をして申し訳ありません」

「いいけど、話せそう?」

「ええ。冷静に話し合えそうですので」

 エスカマリさんはにこっと笑ってから、静かに告げた。

「私、天秤の神に反対する勢力のリーダーなんです」

 その一言にその場の誰も言葉がでなかった。しーんとした室内に、にこにこしたエスカマリさんが話を続ける。

「私たちは、革命軍と自称しています。革命軍は、民に寄り添い、天秤の星の繁栄を目標に掲げ天秤の神の世代交代を目指しています」

 奇異の目が集中していても、明確に堂々と自分の意見を主張するエスカマリさんは、正しいように見えてきた。

「……世代交代とは。神殺しをするわけではないということか?」

 スピカは困惑しながらも今度は詳しく話を聞こうとしている。その声色の中には、警戒心も見え隠れしていた。天秤の星と乙女の星は同盟星として親しいし、同じ加護持ちの相手として信頼もしていたはずだから、反対勢力のリーダーとなっているエスカマリさんに警戒するのは、もっともな話だ。

「穏便に交代していただけるのであれば、それに越したことはありません。天秤の神は他の同盟星と違い、古来よりの神です。そのため、他の星よりも人間の道理や、情勢の変化についていけていない。古い考えをお持ちなのです。そこが我々民との確執……故に近代的な新しい神が必要なのです」

 エスカマリさんは表情をさっと変えて、悲しそうな顔をしながらスピカを見た。

「乙女の星や他の星を見ていれば、どれほど違うか身に沁みます。世代交代なら乙女の星もしてますよね、我々は同盟星と同じような形にしたいのです」

「…………」

 乙女の星のことを出されると、スピカは考え込んでしまった。

 乙女の星は加護を与えた人間が力をつけて次の神になる、いわゆる世代交代の方法がとられてる。だから、世代交代自体に抵抗はないはずだけど……。

「スピカ?」

「ああ、いや。何が正しいのか、判断がつかなくてな。乙女の星の神は数百年前に変わったと聞いている。彼女は民の話を好き好んで聞くような神で、私も幾度か話をしたことがある。親しみのある神だったからな、エスカマリが言う天秤の神の現状が上手く飲み込めないんだ」

 俺は神様と親しくする方がよくわからないけど、でもスピカの話からスピカが乙女の神と良い関係を結べていたのがわかる。

「スピカは乙女の神と信頼関係を結べていたんだね」

「……ああ。私は、な」

 スピカは驚いたあと、表情を綻ばせて少し微笑んだ。そのあと、視線を落とす。どうしたんだろう?

「しかし、乙女の星でも神殺しを望む者が出たんだ、果たして同盟星と同じやり方に舵を切ったとして、天秤の星が良い方向に行くかどうかはわからん」

「なンでオマエが事態を重く受け止めてンだよ。良い悪いを決めンのは天秤のヤツ等だろ」

「だからと言って、無責任に肯定はできん」

「ならそれでイイんじゃねェの」

「……できるなら正しいと思えることを伝えたいだろう?」

「正しいと思ッてンだろ?」

「思ってた。だ。貴様やレーピオス、ザヴィヤヴァのせいで今は……わからなくなっている」

「オマエ、面倒くさいな」

 先ほどまでの剣呑とした雰囲気じゃなかったから、話を止めなかったけどマルフィクが投げやりになり始めた。お互いに考え方が違い過ぎて共感とかはできないのかな?

 スピカは悩んでるのに……。

「マルフィク、途中で会話を投げるなよ」

「はー? 正しいかどうか気にしてるみてェだが、そンなン誰もわかンねェ。過去、正しいとされたヤツらの伝聞が正しくなかッたのはテメェ等が身を持ッて知ッてンだろ」

 たしかに牡羊の星にあった文献や伝聞と俺が各星を回って得た情報はあまりにも違っていた。

「マルフィクは正しいって思わないわけ?」

「オレはオレが決めた正しさがあンだよ」

「それでは、正しいと言った者勝ちではないか?」

「スピカの言う通りだよ。話が平行線になっちゃうじゃん」

「だから争いが生まれンだろ。どッちが正しいか戦ッて決めンだよ」

「正しいと言えるのは勝者の特権ですよね」

 会話にエスカマリさんが入ってきた。

「天秤の星ではすべての事柄を記録されています。争いの記憶も、その後の歴史も……情報を統制するのはいつだって生き残った方です。皆さんが知らない情報もたくさんあるので、よくわかります。正しいとされる秩序を決めたのは誰か、それさえわかれば歴然でしょう?」

 天秤の星の正しいと言われる秩序を決めたのは、もちろん天秤の神なんだろうな。

「でも、秩序は必要です。皆が好き勝手してしまえば争いが絶えませんから。秩序が時代の変化に対応していかないと人々が命を落とすことになるのです。それが、我が星の現状です。皆さんにはぜひ我が星をたくさん知っていただいて、それからまたご意見を聞かせてくださいね」

 エスカマリさんが話を戻して、まとめてしまった。

 と言っても、俺からはこれ以上言うこともないし、スピカは考え込んじゃってるし、マルフィクは肩をすくめるだけで口は開かない。ヘレの方をちらっと見るも、シャウラと何やら話し込んでいる。

 誰もこの話しをしないことで、この話はエスカマリさんによって終わらせられたことがわかった。なんでか終わらせられたことにもやっとするけど、どうしてなのかわからない。

「では、次はヘレさんをかっこかわいい男の子に仕上げましょうね!」

 エスカマリさんは待ってましたとばかりに立ち上がり、はあはあ興奮し始めた。ヘレが頬を引きつらせてドン引いているけど、おかまいなしにヘレの腕をとる。

「そうだ、エスカマリ。先ほど”ヒア”と言う子が来たんだが、知っているか?」

「まあ! ヒアさんが来たんですか!? タルフさんのお迎えをお願いしたのに……仕方ないですね、ヒアさんを探してタルフさんを迎えに行ってきますね。少々お待ちください」

 エスカマリさんはヘレの手を離すと、眉尻を下げて頭を下げる。そうして、早々に部屋を後にした。

「……タルフ大丈夫かな?」

「大丈夫だろ。そンな弱かねェよ」

 マルフィクが言うなら大丈夫だろう。山羊の星でタルフのこともマルフィクは稽古をつけていたし、実力は俺よりわかってるんだから。

「アスク、話をしたいんだが……」

 スピカが俺の肩を軽く叩いた。

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