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4章 天秤の星5―女装―

 天秤の図書館へ行くために変装をすることになった俺とマルフィクは、別室でエスカマリさんに女装をさせられた。

「はい、これでおしまいです!」

 やっと解放された。桶に張られた水面の前に案内されて顔を見てみる。たしかに、まったく違う雰囲気の顔がそこにある。

「えっと……」

「かわいいでしょ~! やっぱり絵師を連れてきて残しておくべきかしら!?」

「忍ばなきゃいけねェのに目立つことしようとすンな」

 すでに同じようにゆったりとした神官の服を着ているマルフィクが、息の荒くなったエスカマリさんへ制止の言葉を投げた。

 マルフィクの方を見る。髪は軽くウェーブがかかったエクステと呼ばれる長いつけ毛をつけてて、雰囲気がまるで違う。白い小さなリボンが髪留めとして使われていて上品さがあったし、化粧で整えられた顔は美人と言っても良かった。むすっとして腕組をしているのは普段と変わらないせいか、面影はある。

 一方俺は地毛の赤毛の下にまったく色が違う深紅のエクステをつけて、なぜか赤い宝石が散りばめられた髪留めをつけられた。化粧もされたけど、自分ではあまり変わらない気がしたし、マルフィクみたく綺麗という感じではなかった。

「まあ、それなりに女には見えるンじゃねェか? もっとお前の彼女に似るかと思ッた」

「ヘレは違うし!」

「オレはそいつだッて言ってねェけどな?」

 口端を上げて愉しそうに言うマルフィクに、ぐっと喉を詰まらせた。気にしてたのがバレたみたいでものすごく恥ずかしい。

「はあはあ、女装男子同士のいちゃつき倒錯した世界っ……!」

「……寒気がする。無性に殴りてェ」

「え、ダメだよマルフィク!」

 エスカマリさんがなんかよくわからない興奮をしているのを見てマルフィクが舌打ちをした。剣呑な雰囲気に俺は止めに入る。

「はあ、もういいから戻るぞ」

「そうだね、だいぶ時間も経っちゃってるし」

「いってらっしゃい、二人きりの世界へ!」

「うるせェ、てめェも来ンだよ」

「わヵりました、私は空気ですね」

 マルフィクは舌打ちを再度すると部屋から出ていく。俺が慌てて追いかけると、なぜかにまにました怪しい表情でエスカマリさんがついてくる。なぜかエスカマリさんの足音が聞こえなくて、存在感も薄い。ちょっと怖い……。

 みんなが待っている部屋までくると、中からはヘレやスピカの声が聞こえてくる。マルフィクが先に行くように促すも、俺は扉の前で足を止めた。

 俺は着替えさせられた服を見下ろしてから、不安でエスカマリさんの顔を見た。なぜか壁にくっついている。部屋の声でも聞こうとしているのだろうか。

「いえ、恋バナの残り香を感じまして」

「……本当に大丈夫?」

「そいつの頭がか?」

「そんな酷いこと言ってないよ!?」

「いえ、いえ、そんなに褒めないでください」

「褒めてねェ」

「何をしているんだ……?」

 ぎゃいぎゃいとしていたら、いつの間にか扉が開いてスピカが顔を出していた。

「う、ああ……」

「ああ、準備が終わったのか」

「はい、見てください、二人もかわいいでしょ~!」

 エスカマリさんはさっきまで崩れていた表情が嘘のように、にっこりと笑ってスピカに俺が見やすいように背中を押してくる。緊張して身体が固まった。

「ああ、驚いた。雰囲気がまるで違うな」

 スピカに上から下まで見られて、急激に体温が上がる。顔が熱い。

「ふむ、なかなか決まっておるのぅ」

 さらにスピカの肩口から顔を出した蠍――シャウラが褒めてくれる。思った以上に恥ずかしい。

「ですよね! アスクさんはまだ幼さの残る顔立ちでしたから、可愛い感じにしてみたんです。素材の良さを引き出してたくて、あえて同じ色ではないエクステで地毛の可愛さを引き出しました! 白い服に赤は映えますよね! でも牡羊の星の雰囲気は消さないといけないですし、お化粧は~」

 エスカマリさんが嬉々として自分のこだわりを説明し始めた、長い、止まらない。スピカは困ったように頬を掻く。

 エスカマリさんの語りに、頭の熱が下がるとヘレがなかなか顔を出さないことに気づいた。どうしたんだろう。

「アスク、早く中に入るのじゃ!」

 そわそわしてると、シャウラが声をかけてくれた。シャウラはスピカの肩から降りると、俺の足元まで来て、器用に裾を引っ張らる。流されて部屋の中へと入った。

 ヘレはベッドに腰かけたままだった。目が合ってしまって慌てて逸らした。心臓がどきどきと大きく鳴っている。これはあれだ。さっきマルフィクにからかわれたせいだ。

 ヘレにどう接するべきかわからない。

「…………」

「…………」

 ヘレも何も言わない。目を逸らしたことでかえってヘレに変な風に思われたらどうしよう。

「二人して顔を逸らして何しとるんじゃ?」

 指摘されて、びくっと身体がこわばる。

 このまま弱気になっても話ができるわけじゃない。俺は意を決してヘレに話しかけた。

「……えっと、変じゃない?」

「う、うん。かわいいと思う……」

 お互いにぎこちなさを感じる。俺もあまりヘレに視線を向けられないけど、ヘレもこっちをちらっとしか見ない。

「……すごく似合っててちょっと複雑」

「えぇ? 俺のが複雑なんだけど……」

 ヘレが口を尖らせて呟いた言葉に、思わず返した。変じゃなかったのはいいけど、似合っててもだいぶ複雑だ。

 ヘレが目を瞬いて俺を見てから笑った。さっきまでの表情と打って変わった表情にドキっとして、固まってしまう。

「はは、そうだよね。でもそんなに似合うなら私が着たお役目の白い衣装も似合うかも」

「あれはヘレ用だっただろ。その年々で役目に選ばれた人用に作るんだから」

 冗談めかして牡羊の星での祭事を口にするヘレに、今度は俺が口を尖らせて返した。さっきまでうるさかった心臓は、少し緩やかになって、安心感が広がる。

「オイ、見た目で印象が変わッてるッて言うなら、問題ねェだろ。さッさと図書館に案内しろ」

 マルフィクが、いまだに続いているエスカマリさんのこだわり話に業を煮やして横やりをいれたようだ。

「あら、そんなに急がなくてもいいじゃないですか」

「はァ? 女装させといて今すぐ行かないッつーのか?」

「女装を仕上げたのは、お二人に万が一似合わないものしかなかった時に買い出しにいけるようにですよ。中途半端ではバレてしまいますしね」

「…………」

 マルフィクはエスカマリさんの言葉に押されている。エスカマリさんは反論がないことを確認するとふふっと柔らかい笑みを浮かべた。

「私の従者として連れて行くことは可能です。しかし、それには条件があります」

「いまさら条件だと?」

「はい。スピカさんのよしみで連れて行っても良いのですが、私、実は皆さんにお願いしたいことがあるんです。だから、お互い助け合いということでどうですか?」

 いきなりの提案にマルフィクだけではなく、みんながエスカマリさんに視線を集中させる。

2024/08/05

エスカマリのセリフ内容を少し変更

「手伝ってほしいこと」→「お願いしてほしいこと」

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