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4章 蟹の星4―一変した一か月―

 タルフは拍子抜けした。ベンスはタルフが加護をもらったことをそれは喜んだし、豪華なお祝いの夕飯に、なぜか親戚が集まっての宴会。騒がしい宴は朝まで続いた。

 親戚から祝われた。

 と、いうのも加護を受けたタルフの姿かたちは変わっていたのだ。

 蟹の星でよくみられる赤い髪に茶色い瞳。水に入っても鱗は出なくなって、蟹の星の基準になった。望んでいたものが加護を授けられたことですべて叶ったのだ。

 もう誰も半分の血しかないなどと馬鹿にはしない。けれど、タルフはうれしい反面、戸惑いの気持ちも強かった。たかが見た目が変わっただけでこんなにも相手の態度が変わるなんて不思議だった。

「いやぁ、蟹の加護を授かるなんてさすがベンスの弟だな」

「蟹の神様はタルフのことを蟹の民として認めたのね」

 タルフのことを語る言葉が勝手に独り歩きをしていく。そこにタルフの本質はありはしない。いままでにない扱いにタルフは居心地の悪さを覚える。

「タルフ、よかったやざ」

 けれど、ベンスの嬉しそうな笑顔にタルフはその場から動けないでいた。何よりも心配してくれて、面倒を見てくれた兄が、自分の悩みがすべて解決したのだと、喜んでくれている。その気持ちを台無しにするなどタルフにはできなかった。だから、曖昧に笑って頷く。

 サダルだけはタルフに最後まで「おめでとう」とも「よかったね」とも言わなかった。

 その夜、タルフは布団に入ってサダルに話しかけた。

「……これがうらが望んだことやざ?」

「……そうだよ。ほんと、神様の願い事の叶え方は残酷だよね」

 サダルも願いを叶えた。不自由な親戚の家から独り立ちし、けど目の前には別の辛い現実があった。

「うらは加護なんかほしくなかったやざ」

「うん」

「……うらには相応しくない――重いんやざ。なんで、なんでお兄ちゃんじゃなかったんやざ?」

「ベンスさんは加護を持つのに相応しいと思う。でも僕は、タルフだって加護をもらう資質があると思う」

「……慰めはいらんやざ」

「違うよ、前に言ったじゃん。タルフは蟹の星の人たちと同じであったかいんだって。タルフの中身は何も変わってない」

「…………」

「僕は蟹の星に来てベンスさんとタルフに逢えて、幸せってこういうことなんだって知ることができたんだ」

「……贔屓目やざ」

「そうかもね。でも、人ひとり救ったなら加護をもらう資格くらいあるでしょ」

「……屁理屈。あーいえばこういうところは、ほんにサダルやざ」

「僕も変わらないからね。いつだってタルフに許してもらえないサダルだよ」

「寝るやざ……」

「おやすみ……」

 サダルとの会話でタルフの感じていた居心地の悪さは消えた。

 寝た後は、特に不便のない毎日を送った。でもタルフはなぜか不安が拭えなかった。

 帰ってくるようになったベンスの親にベンスと同じように我が子として接してもらえるようになっても、からかわれなくなって同い年の友達ができたとしても。

 兄と慕うベンスとの関りが徐々に希薄なっていっていた。初めは気づかなかった。周りの急激な変化の方が目立っていたから。いつの間にか、ベンスが近くにいないことのが多くなっていた。けれど、それはタルフの付き合いが広がったことと、蟹の神に加護について勉強させられる時間が多くなったせいだったのだから、自然なことだった。

 だから、気づけなかった。タルフもサダルも。

 タルフがベンスとひと月話していないことに気づいた時には遅かった。

「サダル、お兄ちゃんと商売は上手くいってるやざ?」

 その頃にはタルフが忙しくなったこともあってサダルが商売について再び手を伸ばしていた。その相方を務めていたのがベンスで、商売も順調だった。

「うん。今度、牡牛の星とも手を組めそうでさ、さらに販路が広がりそうだよ」

「……お兄ちゃんは、元気やざ?」

「うぅん。ちょっと根詰めすぎてる気はするんだよね。家では話してないの?」

「帰ってきてないやざ。新しい漁獲方法を試すって言ってから……」

「え? どのくらい?」

「一か月……おーてないやざ」

「……ねえ、思ったんだけど、おかしくない?」

 サダルはふと思う。商売っ気がなかったベンスは、サダルの言う案を危険がなければ実行してくれていた。けど、いつからだろう自分から商売のことを考えるようになってくれたのは。サダルが思いつかないような漁獲方法を試したり、牛の星の情報を教えてくれたのはベンスだ。明らかに最初に会った時とは知識の量が違かった。

「……今夜、しゃきんと話してみるやざ」

「僕も今日は一緒にご飯食べる」

「わかったやざ」

 一抹の不安を覚え二人はベンスの帰りを待って、港へと向かった。

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