4章 蟹の星3―蟹の加護―
その日からサダルはタルフの家に居候して漁に出たり蟹の星の料理を学んだり、満喫した日々を過ごしていた。その影響か、商売については次第に口にしなくなった。
タルフも前よりも同年代と過ごすことも増え、日常がもっと賑やかになった。
「ベンスさんってさ、蟹の神と親しいんでしょ?」
「気に入られてるとは聞くやざ」
蟹の神は漁をするのが好きでしょっちゅう民とともに漁に出かけている。星の中のまとめ役として民からの信頼も厚く、気さくな人だ。タルフもベンスを経由して何度か会ったことがある。
同盟星は基本、似たような政治の仕方をしていた。星を納め、神同士で星の親交を深めようと協力している。加護も複数に与えているし、その中から次代の神が選ばれる。
「次の加護持ち候補だとか」
「ほやほや。そろそろ新しい加護持ちを選ぶらしいやざ。お兄ちゃんも候補だって噂はそこら中で聞くやざ」
ベンスは明るい性格から、周りの人たちから支持が厚い。次の神候補にもなる加護持ちに選ばれるなら民の人気度も必要になってくる。
「まあ、それは本当やよ」
「「!?」」
突然話に入ってこられてタルフとサダルは驚いて後ろを振り返る。そこには真っ赤な髪をした青年――蟹の神キャンサーがにこにこしながら立っていた。
「漁の帰りやざ……?」
「そういうタルフはベンス待ちなんか?」
「……誰?」
質問を質問で返してくるキャンサーに、サダルは訝し気に聞く。
「お、噂の水瓶の子! 話には聞いてたけど、かわいい顔してる子だね~」
「蟹の神キャンサー様やざ」
まったく質問に答えるつもりがないキャンサーに、タルフが補足を付け加える。サダルは「あー」と納得したように、キャンサーを見た。
「神様って、奔放な人が多いのかな?」
「水瓶の神もそうやざ?」
「好き勝手なところは似てると思う」
「二人でこそこそ話しないでほしいやけど~! それにしても二人とも仲良しやんな~」
泣き真似をしたかと思えば、すぐにぱっと笑うキャンサーにサダルは目を瞬く。タルフは話の方向を変えることにした。
「仲良くないやざ。それより、さっきの話の続きで何の噂が゛本当”なんやざ?」
「それわな、加護を授けよう思ってることや」
「ベンスさんに?」
「いんや? タルフにや」
「はあ?」
きっぱりと言い放つキャンサーに再度目が点になる二人。振り回されているとはまさにこのことだと思う。
「うらは加護いらんやざ」
「でも決めたんやもん~! タルフに蟹の加護を授けるやざ」
「なんで……!」
「むかーしの友人にそっくりやねん。だから、大きくなったら絶対加護を授けるんやって思ってたんよ~。今ならもう身体も耐えられるっしょ。水瓶の加護持ちの友達もおるし、加護持ち同士仲良いのもええことやしな!」
キャンサーの説明はタルフにとってまったく飲み込めないものだった。
サダルは肩をすくませてそれ以上何も言わない。神の言葉は絶対だ。それを覆すことはできない。
「ってことで~、タルフに我が加護を与えるわ~」
蟹の神キャンサーは有無も言わさずタルフに蟹の加護を与えた。
「ま、そのうち加護も使えるようになるわ、気長に待ちぃ」
キャンサーはタルフの頭をわしゃわしゃと撫でると、その場を去っていった。後に残された場所では野次馬で集まっていた人間のひそひそ声が辺りを包む。
「あの半分しか蟹の血がない子が?」
「蟹の神の気まぐれはほんとわからないものやんな」
「同情かしら?」
「あのベンスさんの弟さんでしょ?」
「お兄さんを押しのけて加護をもらうなんて」
周りのひそひそ声と非難にサダルが眉を顰める。普段関わっている人間ですら値踏みするような目でタルフを見ている。
「ねぇ――」
「サダル、いいやざ。帰る」
タルフはサダルが周りに食って掛かろうとするのを止めて、歩き出した。早くこの場からいなくなりたかった。でも、家に帰ってベンスと会ったら何といえばいいのかわからない。帰ると口にしたくせにタルフの足は家とは反対方向へ向かっていた。
夜の港。誰もいない港に座り込み、タルフが暗い闇に包まれた海を眺めていた。横にはなぜかついてきたサダルが同じように座っている。
「帰らないの?」
「サダルは戻ればいいやざ」
「……君を置いて帰るほど落ちぶれてない」
一緒に暮らすうちに情は移っている。お互い仲が良いとは思ってはいないが、喧嘩できるほどに気は許している。そんな相手が落ち込んでいるのに放っておくほど、サダルは冷たくはない。
「そんなに気にすることだった?」
「当たり前やざ。うらみたいな中途半端な人間になんで加護なんか……」
「中途半端って、蟹の星の血が半分ってこと? でも、星同士の交流はあるし別に他の星が混じってたっておかしくはないんじゃないの?」
水瓶の星でも他の星から来た人が結婚して生活していることだってあった。なんら不思議はないとサダルは思う。
「行き来できる星の血だったら、ほや」
「……どこの星?」
「魚の星……うらには人魚の血が流れてるやざ」
「まさか、人魚なんて」
魚の星に陸地はない。すべて水の中で民は生活している。そのため他の星とは姿形が違い、魚に近しい姿をしていると言われている。人と魚の形の中間地点とも言われていて゛人魚”と呼ばれている。
しかし、実際に見たことがある人は少なく、噂だけが独り歩きをしている。実際に魚の星にいったという人もいたし、人間とそう変わりないともいわれるが、交流している星同士の情報量とは雲泥の差。
しかも蟹の星や水瓶の星のように水辺がたくさんある星は魚の星とつながっていると言われ、たびたび人魚の目撃例もある。
その目撃例が厄介なのだ。人魚は海に人を引きずり込むだとか、美しい歌声で水を操り船を転覆させるだとか、海の恐怖を人魚に置き換える噂も流れている。しかし、蟹の民たちは噂ではなく真実だと信じられていた。
だから魚の星から出てきた人間は出身を偽ることも多く、一般的には人魚などいないというのが通説である。
「水に浸かると皮膚に魚のうろこが出るやざ。気味悪がらないでいてくれるのはお兄ちゃんだけで、お兄ちゃんの親はそんなうらの面倒はみたくないからあの家にはあまり帰ってこないやざ」
「……ベンスさんは、ほんと懐が広いよね」
「ほや」
「そんな”お兄ちゃん”は絶対タルフの味方でいてくれると思うけど」
「……ほや」
サダルの言葉にタルフは胸の重みが少し軽くなったように感じた。目に滲んだ涙を強引に拭い去ってタルフは立ち上がった。
「帰るやざ」
「うん」
二人は岐路に着く。ここから徐々に幸せが壊れていくのだ。
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