4章 蟹の星2―あったかい―
ベンスは戻ってきてそうそう、港でタルフが喧嘩をしていると報告を受けた。駆けつければ、見慣れない少年とタルフが取っ組み合いの喧嘩をしていた。
慌てて止めて、二人を自宅へと引きずって帰った。その場では知人が多く何事かと野次馬が集まってきていたからだ。
二人を床に正座させてベンスは二人に問いかけた。
「何がどうなってこうなったんやざ?」
『こいつが――!』
タルフとサダルは、はもったかと思えばにらみ合ってまた喧嘩を始めそうな勢い。ベンスは立ち上がりかけた二人の肩を掴んでため息を吐いた。
漁をしているベンスの体格は良いため、肩を抑え込まれただけで二人は立ち上がることすらできなかった。
「順番に話すやざ。あんたは見かけない顔だけども、誰やざ?」
「僕は……水瓶の星の加護を受けたサダルです。この星には商売の取引のために来ました」
「それがどうしてタルフと喧嘩になるんやざ?」
「僕は同い年ぐらいの子がいるから話しかけただけで、いきなり掴みかかってきたのはあっち!」
「……うらは話したくなかったやざ。ずっと無視してんのに話しかけてきてうざかったんやざ」
「はあ? ずっと無視決め込んでたくせに『この星の人と少し違うよね』って言った瞬間大声出して掴みかかってきたんじゃん!」
「我慢の限界だっただけやざ」
「うむ、なんとなくわかったやざ」
肩を抑えられて身動きが取れない二人は再び口で言い合いを始める。ベンスは肩から手を離したかと思えば、今度は頭をガシっと掴んだ。そして、にかっと明るく笑った。
頭同士がぶつかったゴンという音が響く。
「――っ!」
「いったーっ!!」
「相手のことを配慮できんでどうやって商売するんやざ。タルフも、まずは口を使え、話をしろと言ってるんやざ」
ベンスは自分の説教を聞いていた二人の腕を引き上げて立たせる。
「まずはお互い知るところからちゃんとするべきやざ。だいたい腹減ってる時はまともに話もできん。やから、腹ごしらえしてからな。サダル、夕飯でも食ってけ」
二人を食卓の椅子に座らせると、ひとしきりわしゃわしゃと頭を撫でてからベンスは夕食の準備へと台所へ向かった。
残された二人は、夕食が始まるまでただ無言でそのまま過ごすしかなかった。
ベンスが夕食の準備を終わらせると、タルフは無言で食べ始めた。手で食べるタルフにサダルもおずおずと倣って料理に手をつける。
慣れたスプーンやフォークというカトラリーがない食事に戸惑いながらも、一口ずつ食べてサダルは食べる手を止める。
「……ねえ、これってどういう料理?」
「ただ魚を焼いただけやざ」
「こっちは?」
「魚と野菜を煮込んだ料理やざ」
「……シンプルだね……でも、美味しい……いつも作ってあげてるの?」
「うん? 親がいない時はそうやざ」
サダルがボロッと涙を流す。隣にいたタルフはびくっと驚いて固まった。
「……いいなあ」
「いつでも食べに来ていいやざ? タルフと近い年でここまでこいつにつっかかってきたのはあんたが初めてやざ、仲良くしてほしいやざ!」
「はあ? お兄ちゃん何言ってるやざ!?」
タルフが立ち上がってベンスに突っかかるも、袖をサダルが引く。
「……タルフ、食べに来ていい……?」
「……勝手にするやざ!」
「へへ、ありがとう! タルフ!」
「~~! 家に来てもええけど、うらは仲良くしないやざ!」
タルフは大きな声で宣言をして、ご飯を掻っ込むと自分の部屋へ駆け込んでいった。
「タルフって面倒くさいですね」
「言うてやらんでくれ。ほんに同年代の友達がいないから関わり方がわからないだけやざ。今日は泊まるところあるんやざ?」
「ないです」
「じゃあ、泊まっていくやざ」
「はい!」
サダルはにこにことしながら夕食を楽しんだ。
タルフにとっては最悪だった。夕食を掻っ込んで自室に閉じこもっていたが、同室であるはずの兄はリビングで寝るとサダルを代わりに連れてきたのだ。
強引にもほどがある。タルフはいまだにサダルのことを許してはいなかった。だから、布団を被ったまま微動だにしないでサダルが寝るのをひたすら待っていた。
サダルが布団に入った音がして、少しほっとするタルフ。このまま話さずに寝てしまいたかった。
「ねえ、起きてるでしょ?」
「……なんで話しかけられるんやざ?」
同年代の子どもはみんな一度の取っ組み合いで自分から離れていった。だから、タルフはずっと年上か大人としか関わってこなかった。
無視しても、殴っても、拒否しても、何度も話しかけてくるサダルにタルフは嫌いよりも意味がわからないという感情のが上回った。なんでこいつは諦めないのか、不思議でならなかった。無意識にサダルに興味を持ったのだ。だから、無視ではなく話すという選択肢をとっていた。
「うーん……お礼を言いたくてさ。ありがとう、タルフ」
「変なヤツやざ」
「タルフにとっては普通のことなのかもしれないけど、僕には人に料理を作ってもらうのも、怒られるのも、同年代と喧嘩するのも、全部初めてなんだ」
「……ふーん」
「水瓶の星で僕はずっとひとりだった。物心ついた時には僕は親戚の家に居て、親は失踪したんだって言われて育った。何か役に立たないと親戚の家にはいられなくて、僕は必死に雑用を覚えた。顔に笑顔を張り付けて、相手を持ち上げて、相手を気持ちよくさえすれば僕は殴られなかったし、ご飯も食べれた。僕は他の人の機嫌をずっと取るために生きて、笑顔は顔に張り付いた」
「ああ、断られてもにこにこしてたやざ。うらはどれもむかついたやざ」
「あのねぇ、君は本当に普通じゃないんだよ。特別扱いがイヤなんてさ……」
「特別はうらにとっては忌み言葉やざ。人と違えば、仲間外れになるしかないんやざ」
「うん……僕もひとりだった」
「……水瓶の加護を持ってるからやざ?」
「そう。人と違くなればなるほど、遠くなっていったよ。僕は雑用も覚えて相手への接客は完璧にできるようになった。生きるための術だったから他の人間と必死さが違ったんだ。水瓶の加護を得る条件は年に一度開かれるコンテストに優勝することなんだ。その出場権利は平等に与えられるから、望めば参加できる。僕は接客のコンテストで優勝した。最年少で。いつまでも親戚の家に居たくなくて、優勝すれば加護だけじゃなくて賞金も手に入る。加護が手に入れば身分も保証されるし、ないものばっかりの僕には願ったりだった。でも、加護を手に入れても親戚の態度は変わらなかった。それどころか僕が手に入れた賞金にも手を出されて……僕は家出して起業することにしたんだ。今回は、そのために蟹の星に来たんだよ。水瓶の星だと僕は有名すぎるから、加護を持ってくるくせに商売もできないのか。ってバカにされて相手にもされないし……」
「……行動に移したサダルはえらいやざ」
タルフはサダルの話を聞きながら、自分も遠巻きにされた過去を思い出していた。同年代に異質扱いをされて、我慢できずに殴りかかって、その後は見ないふり。聞こえないふり。閉じこもるしかできない自分にくらべたら、サダルはどうにかしようとあがいて行動して、その行動力は羨ましかった。
「……うぅ……」
たった一言にサダルは泣いた。喉の奥がつっかえて、胸が詰まって、言葉が出てこない。
「……ひっ……ごめん……タルフは蟹の星の人たちと違わない。同じくらいあったかい……」
サダルが絞り出す声に今度はタルフの顔がくしゃりと歪んだ。
「……うらは……半分違うんやざ」
ぽつりと呟いてタルフは布団を被った。聞こえていないかもしれないが、それ以上タルフは話したくなかった。
サダルもまた、すすり泣きが強くなってそれ以上話せそうにはなかった。
夜は更けていく。