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4章 蟹の星1―サダルとタルフの出会い―

 白い石造りの建物で、中には椅子が並べられ参拝できるように作られている。一番奥は一段高くなっており、そこには教壇が一つと椅子が一つ。背後には天秤を象った白い壁が存在感をだしていた。ここは、天秤の神の間。

 教壇の前に佇むのは二つの影、そして入口付近には縄で縛られて連れてこられたタルフが膝を折って座らされている。

「……なんで、おめぇがいるんやざ?」

「タルフを誘いに来たんだよ。こっちに来ないかって」

 タルフの前に進み出た方の影は、タルフがよく知る水瓶の加護を持つサダル。彼は、いつも同様ににっこりと笑ったままタルフに応えた。水色の瞳は笑っていなくて、タルフは緊張して喉を鳴らす。

「それについてはもう話がついてるはずやざ。うらはいかん」

「なんで? ベンスさんに会いたくないの?」

「いるわけないやざ」

 もうサダルの顔は笑ってなかった。ただ見下すように見てくる目に、タルフは下唇を噛んだ。いるはずのないサダルから出された名前――自分の兄を思い出す。


 ベンスは蟹の星ではよくいるタイプの人間だった。明るく、誰とでも酒を酌み交わし、笑いあう。蟹の星で一番多い職種の漁師だった。

 逆にタルフは浮いていた。蟹の星では珍しく内気で、引きこもりがち、上手く話ができないため口数も多くはなかった。だから、いつも兄ベンスの後ろに引っ付いて回っていた。蟹の星の大人たちはそんなタルフにも笑顔で話しかけてくれたし、ベンスの弟として面倒を見てくれる人ばかりだった。だから、タルフが兄が好きだったし、蟹の星での暮らしはとても幸せだった。たとえ、蟹の星では珍しい青い髪で子ども同士での喧嘩は絶えなかったとしても。

 その暮らしに加わったのがサダルだった。ある日、漁に出たベンスをタルフは港で本を読みながら待っていた。

「そうですかー、やっぱり販売経路を広げることは難しいんですね」

 ずっと、漁師の帰りを待つ人に交渉を持ちかけては玉砕している水色の髪の少年がいることは目の端に映っていた。

 けど、蟹の星の人たちに商売っ気はなく、自分たちが食べる分だけ食料があればいいという考え方が強かった。足りなければ近隣で食料を分け生きていく。助け合いの精神で保っている星なのだ。

 だから、同盟星とのやりとりも必要最低限、食べていくのに困らないようにするためのものであって、過剰に関わることもない。ただ若者は憧れを持って水瓶や天秤の星に行くことが多くて、働き手が少ないと親が嘆いていたのをタルフは聞いていた。だから、水瓶の星に行った人間に頼めばいいのに、と未だに交渉をしようと躍起になっている少年をちらりと見た。

 目があった。

 髪と同じ水色の瞳が大きく見開かれた。早足でこちらに向かってくることに、タルフは身を縮ませる。

「やあ、君ひとり?」

「…………」

 同じ珍しい青い髪に親近感を覚えていたタルフだったが、話しかけられてしまえば持ち前の人見知り気質が顔を出して、話したくないとばかりに無言を貫く。

「ねえ、聞きたいんだけど、蟹の神について教えてくれないかな?」

「…………」

 顔をそらした程度では、回り込んできてにこにこと聞いてくる少年にタルフは下唇を噛んだ。キッと睨みつけるが、タルフの前髪は長くて少年からは目が見えなかった。

 だから、サダルにはタルフの言いたいことは伝わらなかった。

「えっと……僕、サダルって言うんだ。ちょっとさ困ってて……同い年くらいだしできれば仲良くしたいんだけど」

「……知らんやざ」

 困ってるアピールをするサダルにタルフはすべてひっくるめて一言だけ返答した。これで関わりたくないって言うのが伝わるはずだ。とタルフは肩の力を抜く。

「あ、もしかして怪しいやつだと思ってる? 僕さ、水瓶の加護持ってるし、ほら」

 しかし、どっかに行く様子もなく慌てて自分の主張を始めるサダルは、海の方に手を向ける。海の水が一塊浮いてタルフの前にふよふよと動いている。

「どう? すごいでしょ? 実はさ、僕店を開くんだけどそれに蟹の星の海産物を使いたくてさ。売ってるの買うのは新鮮さがちょっとね。直接やり取りした方が新鮮なものを手に入れられるじゃん。でも、伝手がないからこうやって蟹の星にまで来たんだけど」

 結局自分の話を続けるサダルに、タルフはこいつとは絶対に仲良くなれないと強く確信した。

 タルフは本を読むふりをして無視を決め込む。

「……君はこの星の人と少し違うよねちょっと特別っていうか――」

「うるさいやざ!!」

  いつまでも話をしてくれないタルフに、サダルは別の切り口から話をしようと特別感があると持ち上げようとした。しかし、それはタルフにとっては逆鱗だった。

 サダルの言葉をさえぎってタルフは叫ぶ。一番気にしていたことを、何もしらない部外者に指摘されて我慢ならなかった。

 タルフの態度にサダルもつられて不機嫌になった。これだけ懸命に話しかけて、持ち上げて、それで怒る相手に会ったことなんてなかったから。

「はあ? なんで怒るのさ。髪の色も珍しいし、寡黙な人なんて会わなかったし、変じゃん」

「――っ! 我慢ならんやざ、おめぇとは誰も話さんやざ!」

「な、なにすんだよ!?」

 タルフが立ち上がってサダルに掴みかかる。言葉があまりうまくないタルフは力で対抗してしまう。

 掴みかかられれば、サダルもそれに抗った。取っ組み合いに発展するのに時間は必要なくて、タルフの兄ベンスが止めに入るまでいくつもの痣を作っていた。

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