1章 双子の星05―マルフィクとの出会い―
眩しい……。
「……っぅ……」
痛む頭のせいで急激に目が覚めた。ガンガンと響く頭を片手で押さえながら、起き上がる。
場所は意識を失った前と変わらない。変わったのは、空だった。月ではなく太陽が俺を照らしている。
「……なんだったんだ、あれ……」
「やっと目ェ、覚ましたか」
聞いたことがない少し高めの声が耳に届いて驚いた。慌てて振り返れば、フードを被った男が焚火をしながら座ってこちらに黒い瞳を向けていた。
「だ、誰だ……?」
フードは昨日遭った蛇遣いの男と同じような感じだったけど、背丈は低く明らかに別人だ。
「見張り」
「はっ?」
「師匠に気に入られたからッて図にのるンじゃねェぞ!」
男が息巻いて勢いよく立ち上がると、フードがとれ、瞳と同じ黒く短い髪がさらりと風になびいた。
意味がわからない。
意図が察せられずに、俺は口をぱくぱくと何度か動かした。
「ったく、いきなり加護暴走させやがッて、落ちこぼれじゃねェか」
男はふんっと鼻を鳴らすと、座りなおした。
初対面でなんでそこまで言われなきゃいけないんだ。
イラっとした気持ちのまま睨めば、男は目を細めて睨み返してくる。
「ンだよ、加護も実体化できないうえに、暴走させて知識の波に意識もってかれたンだろ?」
ってことは、昨日のあの頭に流れ込んできたのは加護が与える”知識”だったってことだ。
「はあ? 加護のせいかよっ!」
「フンッ。そンなこともわからねェのかよ。オレが暴走を押さえてやッたンだから、感謝くらいしろよな」
感謝するべきだろうが、相手の態度のせいで感謝の気持ちは湧いてこない。
「くそ、好きで加護もらったわけじゃないんだよ!」
「はァ!? お前、この加護がどンだけすげェかわかッてねェのかよ!?」
「わかるかよ! 説明もなんもされてないんだぞ、こっちは!」
イラ立ちに我慢できず、こっちも喧嘩腰で言葉を募らせた。
「…………」
だが、男はそれ以上言い返さずに黙り込んだ。顔をしかめながら、思考している様子に、俺はとりあえず隣に腰を下ろした。
口は悪いし態度も悪いけど、暴走から助けてくれたみたいだし、そこまで悪い奴じゃないように思える。いや、”確信”があった。
日が出ているとはいえ、早朝のようで肌寒い。火の傍は暖かかった。指先に力が戻るのを感じると、ふぅっと息を吐く。
「……認めてねェけど、落ちこぼれに死なれてもこっちは困る。朝飯でも食え」
男はそういうと俺の目の前に木の実の入った袋と、水の入った革袋を投げてよこした。俺は遠慮なくそれに手をつけた。酸味の強い果実が頭をはっきりさせる。
「……俺は落ちこぼれじゃなくてアスクだ」
「……マルフィク。オマエを見張ッてろッて、師匠から言付かッてる」
「師匠って、褐色で銀髪、赤眼か……?」
「そうだ。あの人はオフィウクスの加護の師匠だ」
マルフィクは、落ち着いたのか普通に会話を続けてくれた。見た感じ年も近そうだし、親近感がわいて、俺もさっきの粗暴な振る舞いへの怒りは薄らいでいた。
師匠が俺に興味を示したから、ムカついてただけみたいだ。子どもの嫉妬みたいだな。
「ってことはマルフィクもオフィウクスの加護を受けてるのか?」
「ああ、こいつが証拠だ」
マルフィクが腕を上げて袖をまくると、黒い鱗が太陽に照らされ、真っ黒な瞳を持つ小さめの蛇が顔を出した。
そういえば、蛇って夢で出てきたイメージで金色で金目だとばっかり思ってたけど、マルフィクの師匠の時も、マルフィクの蛇も色が違う。
「なんで、蛇が加護の証拠なんだ?」
「オフィウクスの加護が実体化したものだからに決まッてンだろ」
「実体化って、なんだよ」
わからん。と主張するように、眉を寄せてみせる。
「はァ……加護はもともと神のもンだから、人間に馴染づらいンだよ。だから、外で形をとッて、与えられた力を使いやすいように、援助してくれンだ」
「それで、加護が話しかけてくるってことか」
「そうだ。援助してくれッから、本当だったら特に問題もないンだけど、与えられた加護が小さすぎたり、人間の耐性が低すぎたりすると、加護が形を作るのに時間がかかるンだよ」
俺が稀なんだということを知る。まあ、実体化するってことは蛇を連れ歩かなきゃいけないだろうから、しない方がいいかもしれない。
「あとは、馴染みが良すぎてッて場合も……いや、こいつに限ッて……」
「なんだよ?」
ぶつぶつと小さい声で言うから内容がよく聞こえない。はっきり話すように促すも「なんでもない」とマルフィクはその話を終わらせた。
「それより、どうすンだよ」
「え、何が?」
「はァ? 双子の神と”遊ぶ”ンだろ? 対策あンのかよ?」
マルフィクに言われて、はたっと思い出した。イヤなことだから、忘れたままが良かったのに……。
「ない。というか、”遊び”たくない」
素直に吐いた。あの時は、加護の暴走も手伝って出た言葉だ。まだ、俺の心は迷っていた。本当に双子の神の”遊び”に挑戦してまで、双子の神の加護を得たいのか? このまま永久にここに住まなきゃいけないかもしれない。そんな危険を冒してまで、俺は勝負に挑みたいのか?
「ない。ッて自分の星にでも逃げ帰ンのか?」
「……帰ったところで、俺の居場所はないし」
蛇遣いの神の加護のせいで、自分の星には戻れない。牡羊の星での蛇遣いの神に対しての評判は悪すぎるから、よしんば帰ったところで、前みたいな生活は送れないに決まってる。
「じゃあ、別の星に行けばいいンじゃねェの」
マルフィクは、別に俺が双子の神と”遊ば”なくてもいいようで、あっけらかんと言い放つ。
まあ、見張れと言われただけだから、俺が双子の神の加護を得ようが得まいが関係ないんだろうけど。
「そうなんだけどなー……」
でも釈然としない。
やっぱり乙女の騎士の生き方を知ってしまったからだろうか? あの強い意志を宿した瞳と、嘘偽りのない凛とした言葉。羨ましいと思った。自分もそう生きてみたいと憧れた。
あの人が、俺に双子の神の加護を取れと、少なからず期待してくれた。その言葉に、俺でもがんばれば少しはできるかもしれない。ヘレが言ったように、したいことができる自分に、近づけるかもしれない。
そう期待が沸き上がっていた。
だから、逃げ出したいはずなのに、目の前のチャンスに手を伸ばしてみたくなってる。掴めるかもしれない。と。
「……やる」
自然と口をついて出た言葉にすとんと胸のつかえがとれた。
「結局やンのかよ」
マルフィクは、結論だけの言葉に何をするのかわかったらしく、ふんっと鼻を鳴らす。
「やるよ。双子の神との”遊び”」
もうとっくの昔に、俺は答えを出していた。神の加護を自分で掴んでみたかった……だから、この世界にとどまって双子の神を捜したんだ。
あの時から、もう決めていた。
「やるとして、何か対策打たないとダメだよなー。ここ最近、双子の神は負けてないっつってたし」
はーっと俺は息を吐いて空を見上げる。やるって決めたはいいけど、まったくどうしていいかわからない。
「本当だッたら、加護でどうにかできたンだろうけどな……なんか、暴走する前に特別なことなかッたか?」
やると決めたからか、次の行動に迷っている俺に、マルフィクは真剣に答えてくれた。
「特別なことって言われても……知らないはずなのに”確信”があったり? あとは俺の中から別の声がして、それにしゃべらされて……あとは頭の中にしらない景色や言葉がずらーっと」
「ふーん。やっぱオマエ、耐性がない方っぽいな」
「わかるのか?」
「オマエができるのは”確信”つまり、無意識に知識を引き出して本当のことがわかる。ってとこまでだ。その後の声は、加護がオマエを?み込もうとしてたンだな。暴走したおかげで逆に?み込まれなかッたッてところだ」
「よかったのか、悪かったのか……」
いまいち判断できず、眉尻が下がる。
「運は良かッたンじゃねェの。暴走してもたまたま見張りがいたしな。悪運つえェのか?」
「わかるかっ。俺は……平和に過ごしてたんだから、悪運なんて使うところなかったんだよ」
「ンじゃあ、これから使いたい放題じゃねェか」
マルフィクは会ってから初めて楽しそうに笑った。こっちはまったく楽しくないというのに。
「はぁ、悪運強くてもなぁ。ただ生き延びられるだけじゃ意味がないだろ。双子の神の”遊び”に勝たなきゃいけないっていうのに……」
「ンー。せめて、その”確信”で、双子の神の弱点に繋がる何かがわかればいけるンじゃねェかな」
「何かって、なんだよ。マルフィクの加護でどうにかならないのか?」
「加護ッてのも万能じゃないンだよ。人によッて特性が大きく偏るンだ。オレの加護は、人の位置の知識に特化してッから、人捜しには向いてッけど、他はてンで使えねェ」
肩をすくめるマルフィク。加護って受けた人によって違うのか。それには素直に驚いた。
「だから、どうにかしたいンならオマエの”確信”をどう使うか考えろ」
それだけ言うと、マルフィクはそれ以上は助けないとでも言うように自分も木の実を食べ始めた。
俺の”確信”を使うって、どうやってだよ……。まず、その”確信”がなんなのかわからないっていうのに……。