4章 天秤の星1―到着―
「な、なんだよこれ~!?」
俺の叫び声が響いた。
洞窟を抜けた先は、白い建物が基調の綺麗な街並みの中だった。水を乾かす暇もなく、鎧を着た兵士に取り囲まれ、槍を突きつけられてるこの現状。どう説明すればいいんだ。
「牡羊の星2名。乙女の星1名。魚の星1名。蟹の星1名。牡羊の星アスクと罪人の照合合致。罪状、山羊の神殺し主犯としてお前を連行する」
白い服を身にまとった男が進み出てつらつらと罪状を読み上げる。山羊の神殺しって、なんでこの人たちが知ってるの!?
驚いているうちに兵士の一人が手錠を持って近づいてくる。
「ちょ、待って!?」
「アスク、こっちじゃ」
いきなり腕をとられた。引っ張られるがままに後ろに倒れこむ。とっさにヘレを抱えている腕に力が入った。引っ張る力は相当強くて、ヘレを抱きしめたまま世界が回転した。
上下反対になった視界に映ったのは少し古ぼけた白い部屋。ベッドが二つに小さな机と椅子が備え付けられている普通の部屋だけど、部屋の扉の先はさっきまでいたであろう外に繋がっていた。
マルフィクが駆け込んでくる。
「スピカもはようこっちに来るんじゃ!」
聞き覚えのある声がスピカを呼ぶ。この声は蠍の神――シャウラだ。けど、姿は見えない。
「大丈夫ですか?」
白いレースが目の前に入り、見たことがない灰色のおっとりとした垂れ目の瞳が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「えっと――……」
誰? と思っていると扉がバタンと閉められた音が耳に届いた。いままで騒然と聞こえていた兵士の声がなくなり、鳥の鳴く声が消えるほど静かになった。
スピカが近寄ってきて、固まった俺に手を差し出してくれる。彼女に助けられて状態を起こす。
灰色の瞳で覗き込んできた人を改めて見ると、余裕のある白い服を身にまとい、桃色の髪をレースのベールで覆っていた。初めて見る顔だ。
「安心してください。この場所なら警備も見つけられませんから。わたくし、エスカマリと申します。天秤の神の協会に務めるシスターです。さあ、その女性をベッドに寝かせましょう」
「心配はいらない。私が身元は保証しよう。彼女は乙女の星の同盟国天秤の加護を持つ聖女だ」
戸惑っていると、スピカが彼女の素性を教えてくれる。同盟国、そうか天秤の星は乙女の星と交流がある星のひとつか。スピカが言うなら信用できる。
ほっとして言われた通りヘレをベッドへと寝かせた。目を開けはしないけどヘレの顔色はだいぶいいし、安静にしてれば大丈夫だろう。
安堵したとたん、疑問が頭をよぎる。さっき聞こえた声は蠍の神シャウラの声だった。シャウラは乙女の神殺しをしたらしい扶翼の騎士に傷を負わされ、意識もなかった。牡羊の星でアリエス様が力を分け与えて回復に努めているはず。
俺は辺りをきょろきょろと見回す。
「あのさ、シャウラの声がしたと思うんだけど……」
「こっちじゃ、アスク」
近くで聞こえる声に慌てて下を見ると、一匹の蠍が机の上で両の手をあげてアピールしていた。
「蠍の神は、加護の蠍を通してお話ができるそうですよ」
「シャウラ、意識が戻ったんだね」
「ふむ。おかげさまで目を覚ませたわい。まだ少し体が言うことをきかないが、しっかりと動けるようになったら追いかけるからのう、楽しみに待っておるのじゃ」
「わかった。待ってるね」
無事でなによりだ。シャウラが来てくれるならとても心強い。
「うむ。して、アスク。なぜヘレはそんな状態なのじゃ?」
声色に怒りが滲み出ていて、後ろめたさから責められてるように感じてしまう。ヘレを突き刺した感覚がよみがえってきて、手が震えた。
「それは……」
「私が治療しました。命に別状はありません。すぐに意識は戻るかと」
スピカが横に来てヘレが大丈夫なことを伝えてくれた。そして、俺の背中を軽く叩き、無理をするなと、視線で訴えてくる。俺は頷いた。
今は話したくないと、正直に伝えよう。
「ごめんね、シャウラ……俺はまずヘレとちゃんと話をしたいんだ。その後にいろいろと話すから……」
「なるほどのぅ……二人の間のことならば仕方あるまい。今は聞かんでやるからありがたく思うのじゃ」
「はは……ありがとう」
シャウラはえらそうな物言いだけど、ちゃんとわかってくれてるのが伝わってくる。
と思ったのもつかの間、シャウラもとい蠍の加護はサッサッと動きヘレが寝ているところまで移動する。
「早く起きんか、ヘレ!」
そして、尻尾の針をヘレの額に突き刺した……!?
「いったぁい!!」
ヘレががばっと起き上がる。
「着付け薬じゃ」
すごく誇らしげに言われても……みんなあまりに突飛な行動に固まってるし。
「うぅ……あれ? ここどこ……?」
しばらく額を抑えていたヘレが目を瞬いて辺りを見回す。
「天秤の星じゃ。詳しくはアスクから聞くんじゃな」
シャウラはヘレが目覚めたことに満足したのかまたさっさと移動する。
「ではヘレの面倒はアスクに任せるとしようかのう。現状と、今後について他の者は別の部屋で話すのじゃ」
そう言って、他の人たちを連れて部屋を出て行く。さっきまで外につながっていたはずの扉は建物の廊下に繋がっていた。扉はすぐに閉まってしまった。
「……え、あれ? シャウラ……?」
困惑したヘレの視線が扉と俺をしきりに往復している。
「蠍の加護を通して話せるんだって。シャウラは目が覚めて牡羊の星で休養中。身体が良くなったら追ってくるってさ」
「そっか……よかった……」
ぎこちないヘレの様子にどうにか話を切り出そうと、とりあえず近くでしゃべりやすいようにベッドの端に腰を下ろす。きっと俺も緊張でぎこちない動きをしてしまっているにちがいない。
「あの、さ……」
「う、うん……」
沈黙。まともにヘレの顔が見れない。
何から話すべき? ヘレの態度に怒ってたこと? 助けてくれたことのお礼? 謝らなきゃいけないこと? たくさんありすぎる……。
「…………」
でも、話さなきゃ。このまま黙ってちゃダメだっ。
「ヘレ、ごめん!」「アスク、ごめんね!」
ばっと振り返って、謝ったのは同時だった。お互い鳩が豆鉄砲を食ったよう。目を瞬いてから、何度かおかしくなって笑ってしまった。
「はは……」
「ふふ……なんでアスクが謝るの? 私が勝手に落ち込んで八つ当たりしちゃったのに」
ひとしきり笑ってから、ヘレは眉尻を下げて困ったように言葉を紡ぐ。知ってる。うっすらだけどマルフィクの師匠の加護によって強制的に見せられたヘレの過去を断片的に俺は覚えてる。
「俺が強くなるの、嫌?」
「――! ……イヤ、だった」
これ以上話を拗らせたくなくて、俺ははっきりと核心について聞いた。ヘレは目を大きく揺らしてから俯く。
「私、アスクが牡羊の星から出て、どんどん私から離れてく気がしてた。でも、私はアリエス様に選んでもらって、牡羊の加護があって、神様たちに私は他のみんなより抜きんでてるって言われて、どこかほっとした。私はアスクを守れるんだって……私は存在しててもいいんだって安心してたの。アスクにしてきたことは私が安心したいためだったんだって、気づいて……なんて嫌な子なんだろうって自己嫌悪した」
ひっと喉を鳴らすヘレの背中をそっと撫でた。
誰かに認めてもらいたい。自分の存在意義があると実感したい。その気持ちは痛いほどわかった。
「ごめんね……アスクに置いてかれて初めて気づいた。私は、強くありたかった。でも、私は強くなんかなかった。強くない私なのに、アスクのが強いのに、私を強いっていうから、もう頭がぐちゃぐちゃで……」
とめどなく話すヘレは顔を落としていて表情は見えない。けど、ぽたぽたと服を濡らす涙が彼女の苦しさを教えてくれる。
良く知る感情に昔のことが頭をよぎる。俺はヘレが羨ましかった。一生懸命に努力ができて、牡羊の加護を受け取った彼女が遠くに感じた。強くありたかった。でも理想が高ければ高いほど自分の力のなさに嫌悪していた。いっそ力がないことを認められたら楽だったのに。
俺は牡羊の星でずっとヘレを避けることで、ヘレは山羊の星で俺に怒りをぶつけて逃げることで――自分の気持ちをどうにかしようと足掻いたんだ。
ヘレが小さく身体を震わせてからぎゅっと服の裾を握る。
「私はアスクにひどいことしたの。ごめんね……」
「うん。俺もさ、ヘレと一緒だよ。俺でも力があるんだって思って、ヘレを守れるんだって思ったら浮かれてた。居場所が俺にもあるんだって、嬉しかったんだ」
ヘレが顔を上げた。目元が赤くて、涙がとめどなく溢れている。
「ねえヘレ。どっちかが守るんじゃなくて、お互いに守りあうって駄目なのかな? 俺はヘレを守るのも、助けてもらうのもどっちもあって対等でいられたら。って……そうしたらヘレとずっと一緒にいられるから……俺は一緒にいたい」
「……うん。一緒にいたい、アスクの隣に立ち続けられるように頑張る」
表情が綻んで、いつものヘレの笑顔に暖かい気持ちがこみ上げる。そうだ、ヘレは努力ができる人だ。劣等感になんか負けるわけがない。
「オフィウクスの星に行って、それで一緒に牡羊の星に帰ろう」
「うん。私、アスクと一緒にいる」「俺、ヘレと一緒にいる」
言葉が自然と重なって、二人して笑いあう。
「ひゃー! ごちそうさまですぅ!」
甲高い奇声に近い叫び声が聞こえて、体が跳ねた。
廊下に続く扉を開けて立っているのはエスカマリだった。興奮してるのかよだれをじゅるりと拭っていて、聖女と言われているのに大丈夫か? と心配になる。
「はあはあ、同じ星出身の甘酸っぱい幼馴染の恋いただきましたぁ! お互いがお互いを思いあう、純朴な愛! お二人の出会いはいつから? 一緒にいたいって思ったのはいつから? 二人の素敵なエピソードをいっぱい聞かせてくださ~い!!」
エスカマリは紙片手にガサガサ何か書きながら迫ってきた。え、こわっ。なんかめっちゃ早口で何言ってるかわからないんだけど?
「恋人同士のあま~いエピソード聞かせてくださいよ~!」
「恋人じゃない!」「恋人じゃないです!」
俺とヘレの大きな声が響いた。